そしてゆるりとめぐらせた世界に、
鮮やかな色が映ったから。

―― corbeille de noces

「――ナタリア、触れるぞ」
間近い距離に愛しいひとの声を聞いた。その声の主が誰かは分かったものの、けれど言われた言葉の意味は分からない。
「……っしゅ?」
つぶやいたつもりの声は、ちゃんとした言葉になっていなくて。眉を寄せる前に、首筋に何かが触れた感触。それに身体が勝手にはねた。
――何か、おかしい……?
見開いているはずの目が、像を結ばない。身体が重くて思うように動かない、動かしているつもりなのにその感触がない。
――なぜ?
そもそも彼の声を聞いた、その前までの記憶がなんだか途切れていて。

「聞こえるか、ナタリア」
「ええ……ええ。聞こえています、アッシュ。あの、わたくし……?」
動かない舌、ふるえない喉で懸命に言葉をつむぐ。かすかな、ほんのかすかな音にしかなっていないそれを、けれど本当に至近距離の彼は聞き取ってくれたようで。それだけはきっといつもどおりに働く耳が、彼の安堵の息を聞いて。
「大丈夫だ。――ゆっくり息を吸え」
耳に声と一緒に彼の吐息を感じる、それほどの至近距離。どきどきするけれど安心するその声が、圧倒的な不安感を追いはらう。
言われたとおりに吸って、そしてまた言われたとおりに吐いて。
それからゆっくり瞬いたなら、視界にようやく光が射して。
「わたくし……」
その視界にいつもの厳しい顔ではない、あのころの「ルーク」の顔が見えた。

◇◆◇◆◇◆

「毒だ。――解毒の術は使えるか? 手持ちにアイテムがない」
声がやさしい、表情がやさしい。顔に身体に遠慮がちに触れる手が、どこまでもやさしい。
きっと嬉しいのか、もしかしたら懐かしいのか。把握できない心がナタリアの目に涙を呼ぶ。
「……すみません、集中、できない……」
「分かった、無理なら仕方ない」
――だから、泣くな。
彼の手がゆっくり涙をぬぐって、そのやさしさがまた新しい涙を呼ぶのに、泣き止まない、涙が止まらないナタリアをアッシュはしからない。視界には彼しかいなくて今彼女の世界には彼しかいなくて、少しでも長くこのままが続けばいいのに、そんな風に思ってしまう心が情けないのに、多分そうと気付いているアッシュは彼女にあきれない。
ただただまっすぐ、その目が彼女を見ていて。
「アッシュ……」
「おまえを守れなくて、すまない」
彼が謝る必要なんてないのに、そんな苦しそうな顔をしなくてもいいのに。
そんな彼の姿を、見たくなんてないのに。
そう思うのに、心の片隅が利己的に喜んでいる。愛しいひとを、今は独占することができる。それを喜ぶこの心は、なんて浅ましいのか。
「……すみません……」
「謝るな」
醜い心をきっと知っているのに。なんてやさしく、残酷なことを命じるのだろう。

◇◆◇◆◇◆

身体が動かない、息が苦しい。思うようにならない身体に、心は好き勝手に暴れ回る。毒に弱っているからだろう、すぐ近くで、かすかな声で呼んだならすぐにも駆けつけてくれる彼に、申しわけない反面どうしようもなく嬉しい。
鮮やかな赤が、彼女のために翻ってくれるのがどうしようもなく嬉しい。

「――ナタリア、効力は弱いが解毒の花を見つけた」
「……はい」
そしてゆるりとめぐらせた世界に、
鮮やかな色が映ったから。

この幸せはきっとすぐに終わるのだろうと思いながら。
終わらなければならないのだと思いながら。
けれど終わってくれなければいいのにと、どうしても思ってしまいながら。

彼女はただ、そっと微笑む。

―― End ――
2006/09/16UP
アッシュ×ナタリア
OFP
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corbeille de noces
[最終修正 - 2024/06/27-10:10]