最期まで、この生命が尽きる本当の最期の瞬間まで。
たったひとりのことだけを想う。
すべての感覚がどこかに消え去るような。立っているはずなのに地の感覚も脚の感覚もなくなって、今自分がここにいる、その感覚さえ一瞬失った。
どっと浮いた汗にはっと我に返る。息が、いつか荒い。
「……くそっ」
吐き捨てる、その声にすがるように。薄れた感覚を無理にでも現実に戻して。
「時間がねえ、か……」
脳裏に浮かぶのは太陽のような彼女の笑顔、あと何回、こうしてその姿を思い描くことができるものなのか。
大爆発、というのだという。
音素振動数までまったく同じ二つの個体間に起きるという、学者の間で理論だけが確立したその現象。詳しいことは分からない、けれど自分はそれによってもうすぐ消えてしまうのだと。
家族も居場所も名前も、すべてを奪われて。今度は彼の存在までも奪うはずのあのレプリカは、けれど悔しいことに今では憎むことができなくなっていた。もう一人の自分、自分自身のできの悪い劣化コピーではなくて。あるいは手のかかる弟のように、いつしか憎むことができなくなっていた。
悔しいし苛立つし真実心底嫌っているし、顔を会わせたなら罵声しか出てこないけれど。――ああ、それでも今はもう、憎むことだけはできなくて。
消えることが避けられないならやつを憎むことができないなら、だったらせめて、消えるまでの間にせめてなにかを遺さなくてはと。
まるで追い立てられるように、そう思うようになったのはいつだったのか。
自分のいた証、なんてものはどうでもいい。「ルーク」の名を奪われたあのときにそんな感傷は捨て去った。
けれどただ、……自分のことなどよりも、彼女のためになにかを。
最後の自己満足なのかもしれない、それでも彼女のためになにかを。
したくて遺したくて、本当に本当に消えなくてはならないのなら、せめてそれだけでも。それだけなら、今の燃えカスの自分にもかなうだろうか許されるだろうか、なんて。
「……急が、ねえと……っ」
かすれた声が気に喰わない、けれどつぶやいて確かに立ち上がる。発作――というべきなのだろうか、先ほどのあれがどれほど体力を喰ったのか、笑いそうになる膝を無理にも押さえつける。
時間がない、あと、どれだけの間もつのか見当もつかない。身体の消耗を見る限り、けれど、多分「その時」は大して遠くない。
自分がいなくなってしまったあとのことよりも、だから今はできる限りのことを。
余計なことを考えている余裕はない、だからただひとつのことを。
――彼女のために、自分ができることを。
最期まで、この生命が尽きる本当の最期の瞬間まで。
たったひとりのことだけを想う。
彼女の笑顔、ただそれだけを。それを守るためにできることを、ただそれだけを。
そしてどうにか歩き出す。
――歩き続ける間は、彼はまだ消えない。
