まるでそっくりだ、と。
向けられた言葉がなんだか誇らしくてなんだか腹立たしかった。
――ファブレ公爵夫人が倒れたと彼はいったいどこで知ったのだろう。
最初に抱いた疑問は結局最後まで解消されないまま、目当ての滋養強壮効果のあるきのこが見つかって。出口までは一緒だった彼が、そこで待っていた青年と入れ違いに別れることになって。
あとはただまっすぐに去っていく後ろ姿をナタリアはただ見送った。
振り向いてくれないことなんて誰より分かっているくせにふと振り返ってくれないか期待して、そんな自分にあきれながら、たった今まですぐそこにいた彼の背を見送った。
「……なんですの」
「べっつにー」
ふと視線に気が付けば、なんだかにやにや笑われているような気がする。自分でも憮然とした声に黒髪の少女が肩をすくめて、まるでそれが合図だったように、一行は川岸に停泊中のアルビオールに向かってぞろぞろ歩き出した。
「ナタリアとアッシュってさあ」
「はい?」
「似てるよねーって思ってただけだよー」
のんびりとした声に皿を並べていた手を止めて、ナタリアは何ごとかと振り向いた。
今日も野営で、王城温室育ちのナタリアもだいぶいろいろに慣れてきていた。もともと民のために城を抜け出してきた手前、旅の中の不自由なあれこれに文句をつけるつもりはなかったけれど。慣れは偉大だと思う、今では多少なりとも誰かの手伝いをする余裕ができた。
……まあ、経験不足その他で何やかや失敗してかえってパーティメンバーの手足を引っ張ることになりかねないので、できることといったらこうした配膳の手伝い程度ではあるものの。
ともあれ、話の脈絡がよく分からない。見事な手際でシチューを完成させていく黒髪の少女に身体ごと向き直ったなら、明るい瞳がちらりと一瞬だけそんなナタリアに向いた。何のことかと訊ねようとする前に、たぶんにんまりと笑みでも浮かんだのだと思う。ナタリアの位置からでは少女の顔は見えなかったけれど。
「自分が王族だ、民を治めるんだその義務があるんだってっていつだって絶対に忘れないでしょ? プライド高いし、そのおかげで生きるの不器用なとこも一緒。思い込んだら命がけで、そのわりに細かいあれこれはすっ飛ばしてて、えっとあとは、」
「……アニス。わたくしとアッシュを馬鹿にしてますの?」
「違う違う。そーゆーのじゃないって」
あはは、と笑う彼女の手はそれでもずっと止まらずに、いつの間にか完成していたらしいシチューをこれまたてきぱきとよそいだしていて。中身入りの深皿を受け取って空の皿を渡して、それを人数分くり返す。
「ただ、似てるなあって。テイオウガクがどうのって関係? ……けどルークはあんなんだしねー」
「わたくしとアッシュが? 似ている?? そんなことありませんわ」
「似てる似てる。……ほら、たとえばそうやってすぐにムキになるところとか」
「似ていませんわ」
立ち上る湯気の向こうに笑顔がひらめいて、けれど何も言わないから。
だから分かってくれたものだと、話はここまでと思おうとして。
ルーク……今は、鮮血のアッシュと名乗っているひと。ナタリアにとって誰より特別な、大切なひと。婚約者でパートナーで目標で憧れで、……いつだって彼女の世界の中心にいるひと。
彼女にとっての彼は焔のような人で、自分とはきっと似ていない。
髪の色の焔はあるだろう、その名前に焔をいただくのもあるだろう。けれど何よりも彼の本質は焔のようで、焔そのままのようで。時として自身さえ焼く激しい熱は、けれどそれがなければとても生きていくことのできないほどの、明るさとあたたかさを彼女に与えてくれる。
それは、きっと確実に彼女にはない資質で。
まるでそっくりだ、と。
向けられた言葉がなんだか誇らしくてなんだか腹立たしかった。
自分と彼は似ていない、似ているはずがない。不完全な自分に対して、彼はあんなにも完璧で。何でも知っていて何でもできて、……欠点さえすべていとおしいあの人に、自分が似ているはずがない。
だからナタリアは首を振る。
「……似てなんて、いませんわ。似ていないからこそ、わたくしは彼に憧れているのです」
「自分のことは見えないってやつかなあ。どう見てもそっくりに見えるけど。
たとえば……そうだね、獅子みたいな。そんな感じがする、やっぱり似てるよ」
シチュー入りの深皿をテーブルに並べて、アニスがごそごそやっていうのはパンでも用意しているのだろうか。自分は何をしよう、そろそろみなを呼んできたほうが良いだろうか。
「うん、……お似合いだよ。早いとこアッシュの意地が折れてくれるといいねえ」
「……アニスっ!!」
そして思わず上げた声に、少女がきゃらきゃらと笑って。
確かに獅子に似ている彼は、焔の獅子のような彼は。今ごろ何をしているのだろうかと。
熱くなったほほに悔しい頭の片隅が、そんなことを考えている。
