気付かない彼女に期待する自分が、
きっと誰より愚かに違いない。

―― de vrai

ばら、と投げ付けられたそれは胸に当たって、重力に従ってあっけなく落ちていく。うっかりそれを見ようとした視線は、しかしうるんだ紅の目に吸い寄せられたように動かなかった。
「シンクの、ばか……! 大嫌いっ!!」
涙の混じった罵声、叫ぶなり身をひるがえしたそのあとを追うようにふわりと広がった長い髪。ちらりと彼を見やってから、興味をなくしたようにふいと顔をそらして少女の後を追う魔物。
全部きっちり見送ってから、ようやく足元に目を落とした。
無残に散らばる砂糖菓子を、なんだか面白くなくてくしゃりと踏みつける。

◇◆◇◆◇◆

任務で街に行った。
任務自体は何でもなくて時間があまって、ふと露天で売っていた子供だましの砂糖菓子に気が付いた。
その瞬間、彼女の、アリエッタの顔が彼の脳裏に浮かんで。
なんとなくそれを買い求めていた。

「……バカ、か……」
つぶやく。何気なく口元を手で覆って、その下にどんな表情を浮かべているのか自分でもよく分からない。薄暗い教団の廊下に今は彼一人しかいなくて、足元に散らばるそれは一度は彼女の手に渡ったはずのモノ。
嬉しそうな笑顔と共に、一度は確かに受け取ってもらえたモノ。

買った直後にひとつをつまんでみて、そのあまりの甘さに辟易した。
教団に戻って形式ばった報告をすませて、一度部屋に寄ろうとしたならその前にちょうど彼女と行き会った。
自分では食べる気のなくなった残りの砂糖菓子を、だから彼女に手渡した。
年齢のわりに発育の遅い彼女は、見た目どおりに精神年齢も幼いらしい、なんだか異様に喜んでそれを受け取った。
その無邪気に喜ぶ顔に、彼の天邪鬼な性格がつつかれて。
何を言ったのかよく覚えていないけれど、彼の言葉に彼女が憤慨した。

◇◆◇◆◇◆

「まったくだ。……確かに今回バカなのはボクだったかな」
何を思ってこんなものを買おうとしたのか、彼にはよく分からない。甘いものが好きとか嫌いとかいう以前に、食べもの全般に対して興味がないくせに。嗜好品に対してはなおさら、そんなもの彼にとってはどうだってよかったはずなのに。
それに目を止めてしまった自分がよく分からない、どうしてそこに彼女の姿が浮かんだのかが分からない。――そういえば彼が金を出して何かをあがなったことなんて、生まれ落ちてからひょっとしたらはじめてだったかもしれない。
そして足元にはそれの残骸がある。
――なんてばかげたことをしたのだろう。
「けど、バカなのはキミもだよ、アリエッタ」
つぶやいてそれは事実のはずなのに、なぜだかこの胸に針を突き立てたような痛みが走る。

被験者のイオンを一途に慕っている少女。彼女を導師守護役に望んだ本物のイオンがとうに死んでいることを知らない、それに一向に気付かない愚かな少女。本物になり代わった七番目のイオンレプリカを、そうと知らずに今もなお慕い続けている少女。
被験者のかわりにもなれなかった、それでも同じ声の同じ顔の彼にもまた、いつまで経っても気付かない。
あるいは、全部知っていてそれでも知らないふりをしているのか。
「……そんなわけない」
つぶやく。哂う、嘲笑う。ふっと浮かんだ愚かな考えに、まるですがるように期待した自分を哂う。空っぽな自分が何を期待するのかと、そのナンセンスさにただ哂う。
彼女は気付いてなどいない、きっとずっと気付かない。彼女にとってのイオンはただ一人で、本物は一人しかいなくて、だから疑うことなどない。被験者イオンとイオンレプリカがどんなに別人に食い違っても、愚かな一途さできっとずっとまっすぐに慕い続けるに決まっている。
なんて、愚かな。
そしてそんな少女に振り回されている自分は、それよりもずっとずっと愚かだ。愚かな彼女に何かを期待してしまう自分など、どうしようもなく愚かだ。

◇◆◇◆◇◆

彼女は気付かない。
だから彼に振り向かない。
振り向かなければ、彼を見なければ。彼に気付くはずがない。
気付かない彼女に期待する自分が、
きっと誰より愚かに違いない。

彼女が振り向いたところで、それより先を思い浮かばない自分を。だからシンクはただ嘲笑った。これで参謀などよく勤まるものだと、やはり自分は空っぽなのだとどこかで何かが欠けているのだと、
思い知って、嘲笑って。

部屋に向かう、暗い教団の廊下に砂糖菓子の残骸が散らばる。
けれどそれよりもずっと無様なのは、
間違いなく今の自分だと、なお嘲笑う心の片隅でそんな風に思う。

―― End ――
2006/07/20UP
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de vrai
[最終修正 - 2024/06/27-10:16]