どちらがどうと比べようだなんて、多分絶対に無理なのだと思う。
「アニスアニスアニス! お帰りなさい!!」
「あは、ただいま。フローリアン」
ダアトの教会で、大きな扉をくぐったとたんの大声にくすぐったくなってアニスは笑った。参拝者の大半は目を丸くして、教団員の大半はやれやれとがっくり肩をすくめたり明らかに眉をひそめたり。
もはやいつものことなのでそれはさっぱり無視して、アニスは、さてどこから声が聞こえてきたものかとぐるりと周囲を見渡して、
「お帰りなさい!!」
彼女が見つけるよりも先に、フローリアンがぱたぱたと駆け寄ってくる。
緑の髪、華奢な身体。下手な女の子よりも整ったやさしい顔に浮かべる笑顔まで。仕方がないことだけれど彼は「彼」にそっくりで、今現在着ている服まで同じとなればそれは本当にそっくりで。
しくん、アニスの胸が痛む。きしむ。薄皮一枚でようやく表面だけかたまった傷に、やわらかく爪を立てられたみたいな、いいようのない痛みが走る。
彼も「彼」も悪くない、悪いとしたらアニスでモースで、彼らに罪はない。分かっている。被害者は彼らで自分は加害者だ。
けれど、――けれど彼らはあまりにそっくりだから。
「アニス!」
「きゃわ!? ふ、ふろーりあん!!??」
切ないもの想いは、けれど抱きついた彼に中断された。まるでおどるように走ってきた勢いそのままに抱きつかれて、衝動とあまりの事実に息が詰まる。
――違う。
――違う違う違う、あの人はこんなことしない。
――これはこの子だからで、ああ、だからあの人とこの子は違うのに。
――知っているのに、分かっているのに。
――別の人間、なのに。
思って思い知って無邪気になつかれることは決して気分が悪いわけではないけれどむしろ嬉しいことだけれどあの人と同じ顔の人間にこうして抱きつかれるということはなんだかもうどうしようもなく動揺する。居心地が悪い今すぐこの瞬間にでもここからいなくなりたいああけれどここで力任せに彼を引き離そうとしたところで意外に力が強い彼を押しのけられるかは不明でそもそもそんなことをしたなら彼の純粋そのままの心を傷つけてしまうわけでそれはあまりにかわいそうで。
ぐるぐるぐるぐる、思考が頭の中を空回る。止まった息が戻らない、頭が酸欠で苦しい。どうしよ、
――ごほん。
聞こえた咳払いに、きっと教団員の誰かのそれにアニスは我に返った。気付くまでもなくここは教会の入口で、扉をくぐって真っ先の場所で、いつだってそれなりに人目がある、参拝者などの教団とは部外者もいる。
はっと思い出した事実にそれまでにすでに熱かった顔がさらに熱を帯びて、咳払いの意味にまるで気付かないフローリアンの胸に手をついてあわてて距離をとる。
きょとんとまたたく翠。無邪気そのもの、他でもない彼女自身が名付けたとおりの無垢な瞳。どうしたの? と目が言っていて、どう説明したものかアニスは焦る。
「……フローリアン、あの、……みんな見てるから」
「うん、じゃああとで!」
――とっさに口をついて出た言い方が悪かった。
がっくり肩を落とすアニスをやはり不思議そうに見ながら、あっけなくフローリアンの身体が離れる。触れると分かる意外と力強い腕がいなくなってしまったことをぼんやり淋しがっていると、別にそれが分かったはずもないけれど、彼の手は当然のようにアニスの手をとって。
「アニスアニス! あのね、こっち!!」
「ぅあ!? フローリアン!!?? ち、ちょっとちょっとバランス取れないこけるこけるひっぱらないで! 分かったから!?」
「大丈夫大丈夫! アニスが転んだらちゃんと受け止めるから!! 痛くないよ?」
「それじゃフローリアンが痛い……じゃなくて! そういうことじゃなくてね!?」
「あははははっ」
本当に、それはもう本当にフローリアンが楽しそうに笑うから。嬉しそうにアニスを見るから。大歓迎されていることは最初から分かっていたけれど、それがなお強く分かって。なんだかどうにも気恥ずかしくて少しだけ心に痛くて、彼と同じ顔をした別の彼に、ああ、なんて申しわけない。
いつだっておだやかに微笑んでいた、意外に強情だったあの人と。
いつだって無邪気な笑顔を浮かべている、意外に強引なこの彼と。
どちらがどちらとも大切で、その揺れる心がだからアニスは申しわけない。
大切な人を喪った。自分のせいで喪って、けれどあのとき胸にぽっかり穴が生まれた。
きっと時間が経てばその穴は埋まったけれど、埋まらないまでも時間さえあったならひび割れていたその穴はせめてなめらかにならされただろうけれど、実際そうなるよりも前に彼が現れた。
そして彼もまた、いつか、いや――そもそも最初からアニスの大切な人だった。
どちらがどうと比べようだなんて、多分絶対に無理なのだと思う。
同じ顔で違う笑顔を浮かべる、どちらもアニスの大切な人だから。大好きの気持ちはたぶん同じくらいに大きいから。
無邪気に微笑む彼に、アニスもまた笑みを返して。……どんな種類か分からないけれど、笑みを返して。
あの人にはかなわなかったけれど、そのかわりというつもりはないけれど。
――いられるだけ、かなうだけ、ずっと一緒にいたいと思った。
せめてこの心臓が、ひっそりと動きを止めるまで。
