あのひとは、まるで。
気まぐれな猫のようだと。
いつだってどこからともなく気ままにやってきて、勝手になついてくる彼女をどうしたものかとシンクは息を吐く。今日だってそうして彼女はふらりとやってきて、今なんて彼の肩にもたれて――いつの間にかそのまま寝入ってしまっていた。
別にやさしくもなんともないシンクだけれど、自他共に詰めたいだのひねくれているだのと、決してやさしいはずがないシンクだけれど。
今、脇にある落ち着いた寝息にはなぜか身動き取れなくなっていて。
……ああ、彼女はまるで猫のようだと。
なぜか唐突にそんなことを思う。
「……一体なに考えてんのさ」
ふっくらしたラインを描くほほをつついてみても、寝息にはまるで変化がない。
「なんでボクなんかになつくんだい。……気付いて、いないくせに」
――あるいはたとえ気付いたところで、それが理由でなついたりはしないくせに。
安心しきった寝顔を、今度はむにっとほほをつまんでみても、少し眉を寄せただけでやはり彼女は起きなくて。
「安心して信用して、……どれだけバカなのさ。だから利用されてるのに、それにも全然気付かないで」
手をはなして少し赤くなったそこをなでて、少し考えてから。寝乱れた髪に手を突っ込んでさらにぐしゃぐしゃに乱してみても。
……むしろ彼女は逆に、満足したような嬉しそうな顔になるから。
「この仮面をはずして、素顔を見せて全部ぜんぶぶちまけたなら、キミは一体どんな顔するんだろうね? ……ああ、それも面白いかもしれないな。――いつかやってやろうか」
できもしないことをつぶやいて、……いい加減飽きてきた。
それでもこの場を離れることができなくて、彼女をこの場に放り出すことはできなくて。どこまでもざわざわ居心地は悪いのに、このぬくもりにこのやわらかさに逆らうことはできなくて。
「本当に、一体何考えてんのさ」
気まぐれな猫のようになついてくる彼女も、……そしてそんな彼女にほだされている自分も。
「……バカじゃないか」
それはもう、本当に。
いつだって気が付けばどこかに行ってしまって、そのくせいつの間にかそこにいるかれにアリエッタはちょこんと首をかしげる。今日はすることがなくて眠くなって昼寝をすることにして、居心地の良い場所をうつらうつらしながら探して。そして――よく覚えていないけれど彼の肩にもたれて――多分ぐっすり寝入ったのだとは思う、けれど。
やさしくなくて意地悪で、でも実はひねくれてやさしいシンクは、寝入ったアリエッタを放り出さずに多分ずっとそのままじっとしてくれていた、のだと思う。夢うつつに何度かつつかれたような気もするけれど、深く寝入っていたのでアリエッタはよく覚えていない。
ただ、今彼はその姿勢のままうとうとと寝入っているようで。
……ああ、彼はまるで猫のようだと。
なぜか唐突にそんなことを思う。
「……シンク?」
小さく名前を呼んでみても、特に反応はない。
「なんでアリエッタにやさしくしてくれるの? イジワル言うくせにイジワルするくせに、……イオンさまじゃないのに、なんで」
――どうしてふとした瞬間に、あのひとと同じやさしさをくれるのだろう。
仮面の奥に素顔は見えない、思えば一度だってアリエッタは彼の素顔を見たことはない。それなのに、なぜかなぜか、見たことのない彼の素顔をアリエッタは知っているような気がして。
「シンクのそばは安心するの。アリエッタは、シンクのこと好きでもきらいでもないはずなのに、……シンクはきっとアリエッタのこと好きじゃないのに、なのに」
彼の眠りが異様なほど浅いことを知っている。そして、誰であれ仮面に触れられることを驚くほど嫌っていることも。多分身じろぎをしてうっかり手をのばしたなら、それで彼は確実に起きるだろうけれど。
そうしたくはなくて、このままでいたくて。
……だって、こんなシンク、きっと滅多に見られない。
「アリエッタの特別は、イオンさまだけ。イオンさまさえいてくれたら、アリエッタは何もいらない。……シンクは? シンクの特別は、何。どこにあるの??」
彼の眠りを守るように、気配を変えないで。そのくせ彼にいろいろ訊いている自分はどうしてだろうとアリエッタは思う。……思っているうちに答えが見つからないうちに、ふわりとまた眠気に襲われて。
好きとかきらいとかではない、それでもただ安心できるここを。守りたい確保したいと、多分心の奥がそんなことを思ったのだと思う。分からないけれど。
「シンク、……どうして?」
気まぐれな猫のようにときどきだけやさしい彼も、……なぜかそんな彼のそばが安心できる自分も。
「……ふしぎ」
それはもう、本当に。
猫のような、気分のむらっけがある二人はそして。
猫のように、陽だまりに目を閉じる。
