どうしてなのか、分からない。
いくら考えても、分からない。

―― subir un outrage

教団の廊下の向こうから見知った人影が歩いてきて、アリエッタはびくんと身体を強張らせた。自覚する前に脚が止まって、肩幅くらいに脚を開いて踏ん張っている。それとほとんど同時に向こうも彼女に気が付いたらしい、にまり、あまり明るくない廊下の向こうに確実にタチのよろしくない笑みが浮かんだ。
「あー、誰かと思えば根暗ッタじゃん」
誰かと思えばも何も、今日も彼女はお友だちことライガを脇に連れている。彼女のことを知っている人間なら、教団内に魔物を連れ込んでいる人影とあればアリエッタと断定するくせに、そうと分かっているくせに彼女はいつだってそんな風に言ってくる。嫌がっているのに彼女のことを根暗ッタと呼んでくる。
癖のある黒に近い髪を二つに結い上げて、背にはアリエッタ自身が抱えるものと同じ、ディストの手が入ったぬいぐるみ。着ているのは――その役を解任された彼女はもう着ることのかなわない、導師守護役の制服。
茶色の目は、一体何を考えているのかアリエッタには読むことができなくて。けれどいつものようにくりくりと元気いっぱいに輝いていて。
「……アニス」
小さくつぶやいたなら、なんだか。意地悪な顔がさらに意地悪になる。

「なになにー? しばらく見なかったけど、今ひょっとして任務帰りとか? 六神将も大変だねー、ま、導師守護役に比べれば大出世だろうけどー」
はたから聞いたなら、ひょっとしたらこの年ごろの女の子らしく楽しくおしゃべりを、無駄口を叩いているように見えるかもしれない。聞こえるかもしれない。けれど彼女の言葉にはいちいち毒が含まれていて、早口のそれにさらされるたびアリエッタはひどく哀しくなる。
――導師守護役でいたかったアリエッタを、追い出したくせに。
「……どいて。アリエッタ、総長に報告しないと」
「アニスちゃんが意地悪で道をふさいでるって? ひっどいじゃない、言っとくけどあんたのペットの方がよっぽど邪魔なんだからね」
「そんなこと言ってない……それに、お友だちの悪口、言わないで」
「ほんとのこと言ってるだけでしょ。アリエッタ、分かってないみたいだけどここは建物の中なんだから。魔物なんか連れて入っちゃいけないんだからね」
「お友だち、アリエッタの言うことちゃんと聞くもん。いきなり誰かを襲ったりなんてしないもん、アニスだって知ってるくせに」
「あたしは知ってるけど、ほんとかどうかなんて分からないじゃん。それに、知らない人もいっぱいいるんだから、魔物がこんなトコにいたらびっくりするんだからね!」
アリエッタから全部を奪ったアニスが、また偉そうに言い放って。
ずるい、と思う。ひどい、と思う。思うのに言いたいことがうまく言葉にならなくて、アリエッタは抱えていたぬいぐるみに顔を埋めるしかない。脇で心配するライガに、落ち着いてと鼻先をなでるくらいしかできない。
きっとここでアニスを傷付けたら、イオンに迷惑がかかるから。だから他にどうにもできない。

◇◆◇◆◇◆

二年前までのイオンはアリエッタにやさしくて、彼にとってアリエッタだけがどうやら別格で、それがアリエッタにはとても嬉しかった。解任されてアリエッタのかわりにアニスが導師守護役になってからイオンは変わって、誰もにやさしいイオンになって、アニスはそれが当たり前のように思っている。
アリエッタにだけやさしいイオンはアリエッタには嬉しかったけれど、誰もにやさしいイオンはみんなに好かれている。変わってしまったイオンはアニスをほんの少しだけみんなよりも特別扱いして、アリエッタのことはみんなと同じ扱いしかしてくれない。
イオンを変えてしまったアニスは、けれどそんなことに気付いてもいないようで。
導師守護役を解任されたアリエッタは、現在イオンの顔さえ見ることができない六神将なんて職に就いていて。

◇◆◇◆◇◆

――なんで、だろう。
つんと痛くなった鼻の奥、じわじわ涙の潤む視界でアリエッタはただ不思議に思う。
自分は悪いことなんて何もしていないはずなのに、ある日いきなり導師守護役を解任された。アリエッタが今までいた場所をアニスが当然のように取ってしまって、アリエッタのイオンまで奪っていって、それなのにそれが悪いことだなんてきっとまるで思っていない。アニスだけではない、アリエッタ以外の人間すべてがきっとアニスが悪いなんて思ってもいない。アニスが意地悪だったのは昔、思い出すことのできる昔からずっとそうだけれど、導師守護役になったころから多分さらに底意地が悪くなった。変わってしまった導師イオンはアリエッタとの思い出さえなくしてしまったみたいに、あんなにやさしかったのが今はたとえば嘘のよう。変わってしまったイオンのやさしさは、アリエッタの目にはなんだか薄っぺらい。
――なんでだろう、アリエッタが悪いの?
思ってもいくら考えても分からない。じわじわ揺れる視界にアニスの口が動いて、意味は分からないのに悪意だけはどんどん心の中に降り積もって、アリエッタは何も言い返すことのできないままどんどんどんどん哀しくなる。

どうしてなのか、分からない。
いくら考えても、分からない。
なんで、どうしてアニスが意地悪ばかりするのか、意地の悪いことばかり言ってくるのか。分からない、どうしても分からない。

ひどいことをたくさん言われているのに。それなのに。
アニスのことは嫌いじゃない、いやだなと思っても嫌いにはなれない。憎んだりしない、できない。アニスにひどいことを言われても、怒りたくはなくてただただどこまでも哀しくなるだけの自分が、なぜだかやっぱり。

分からない、どうしても分からない。

―― End ――
2006/07/13UP
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subir un outrage
[最終修正 - 2024/06/27-10:24]