そうだ、ほしかったのは慰めではなくて。
ただただ苛烈なまでの、怒りだったから。

―― oraison funebre

仕えていた人が死んでしまって、自分のせいで消えてしまって、胸にぽっかり穴が開いた。たった二年前から、けれどその日からアニスのすべてはその人を中心に回っていて。中心がなくなった今、ひどく安定を欠いている自覚がある。
彼女はひそやかに口のはしをゆがめた。……自分のせいなのに。

仕えていたイオンはレプリカで、ダアト式府術を使うたびに弱っていて、けれど導師守護役のアニスが気をつけていれば彼女がモースなどに従わなければ、まだまだ確実に生きていられた。術を使うことで消耗しても、どうやら激しいらしいその消耗をほとんど回復できない身体だとしても、それでも時々にしかない教団の儀式にしか術を使わなければ、彼はまだまだずっと生きていられた。
レプリカという自覚のないまま七年生きてきたレプリカさえいるのだ。この世に生まれて彼はまだたった二年、消えていくには早すぎた。
それなのに、あの人が消えてしまったのは全部全部アニスのせいなのに、アニス自身がそれを一番よく分かっているのに、事実を知った仲間たちはそれでもアニスを責めない。――そのうちの一人は分かる、街ひとつ崩壊させた過去をもつ一人なら。仲間意識でかばってくれているのだろうと、そう思う。
思うことができるけれど。
……それとも、責めないことで気づかうことで、逆にアニスを責めているのだろうか。アニス自身の罪悪感がアニスをぼろぼろにするのを、仲間たちはただただ眺めているのだろうか。

「……そんなわけ、ないじゃん」
アルビオールのコクピット、めまぐるしい速さで流れていく地表を窓に手をついて眺めながら、アニスは一人ごちる。操縦席にはもちろん今もノエルがいるけれど、それ以外のメンバーはここには誰もいない。つぶやく程度の声は、飛行機械の操縦に忙しい彼女にはたぶん届かない。
――届いても、かまわないけれど。
思った自分に笑う、自虐的な思考が情けない。この心はいったいどこまで醜いのか。

◇◆◇◆◇◆

イオンが消えたのは数日前。まだまだ癒えるには時間が足りなくて、アニスの心は今も真新しい血が滴っている。痛くて、いっそ別の痛みに逃げたくなるくらいに痛くて、けれどそんなもの当然だと思う。大切なひとを傷つけた結果の傷なんて、いっそきっとずっと癒えるべきではないと思う。このまま、衝動的に死を選びたくなるほどのこの痛みを抱えたまま、ずっとずっと生きていくべきだと。それだけ苦しむべきだと。
けれど、もしかしたらそれさえも自己満足でしかないのだろうか。

「まったく、やんなっちゃうよね。……分かってたことじゃん」
ずっと、イオンに信頼されるたびイオンに肩入れしていくたび、無理な綱渡りをしている自分に気付いていた。彼に心かたむけるにつれ足元の綱は細くもろく、いつか足を踏み外す日が、いつか綱が切れる日が来ることなんて分かりきっていた。
そのときに、周囲にいる仲間たちがどういう反応をするのかも。
分かっていた、知っていた。頭の回転は速いほうだと自負しているし、そうでなくてもお人よしぞろいのパーティメンバーは分かりやすい。彼らは絶対にアニスを責めない。アニスの周囲にいる誰もが、たぶんただ一人をのぞけば、一番の加害者のはずの彼女を気遣ってくれる。一番ひどいことをした一番悪いことをしでかした彼女を慰めてくれる。
それがきっと何より彼女につらいことだということも、知っていた。……これほどまでとは、想像が追いついていなかったけれど。

◇◆◇◆◇◆

「……っ、」
不意にこみ上げる悲鳴のような嗚咽のような息を呑み込む。かたく握り締めたこぶし、手袋ごしにてのひらに食い込んだ爪が痛い。
知っていた、分かっていた。いざそのときがきて周囲がどういう反応をするかなんて想像がついていた。それがどんなにつらいかも、多分十分に分かっていた。
アニスを責めるのは、責めてくれるのは。アニスが殺した導師本人ではないことも。
面と向かって責めてくれるのは、たった一人しかいないことも。
知っていた、分かっていた。
――そしてそれが起きてしまって。果たして周囲は想像したとおりの反応で、そしてそれは想像以上の苦痛で。

あのときの、イオンの死を知った瞬間の彼女の目がちらりと脳裏に浮かぶ。
衝撃と絶望と嫌悪と憎悪を瞬間に固めた、逆に透き通るようにきれいな目。
普段が年齢以上に幼いから、あのときのぞっとするような雰囲気は、変に大人びてさえいた雰囲気はギャップでさらにきついものに思えた。
――それはまさに、アニスが祈るように願っていたもので。

――イオンさまを殺した!

あのときの血を吐くように悲痛な彼女の言葉どおり、悪いのはアニスだ。導師イオンはアニスのせいで死んだ、アニスが殺した。消えてしまった。思い出だけを残して、遺体も残らず遠い天に還ってしまった。
まるで最初から、やさしいやさしいあのひとは存在しなかった、ように。

◇◆◇◆◇◆

叫びたい、あるいは吠えるように。自分のこの手で自分の心臓を抉り出してしまいたい。
発作的な衝動に、そんなことできもしないくせにと彼女はうつろに笑う。痛みに耐えながら、苦しみながら、それでも生きていたい自分が滑稽で笑う。
あのひとがいなくなって、
生きる意味を見失って、
――それでも生きていたい自分が滑稽で、醜くて。

そうだ、ほしかったのは慰めではなくて。
ただただ苛烈なまでの、怒りだったから。

――殺してくれ、なんて願わない。
――そんな都合のいい望み、声に出せるはずがない。
――本当はあの時流した涙だって、今もなりふりかまわず泣き出したいこの気持ちだって、
――そんな権利、自分にはないのに。

◇◆◇◆◇◆

――あの娘は今、どこで何をしているのだろう。
流れる地表に、見えるはずもないあの鮮やかな色を探した。あの時自分に決闘を申し込むと細い肩を怒らせた、魔物に愛されている彼女を。
本物のイオンに愛されていた彼女を。

使えていたひとが死んでしまって、自分の手であやめてしまって。
喪失の暗い孔は、胸に開いた黒い孔は。
まだまだ新しい血を滴らせ続けている。

―― End ――
2006/10/20UP
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oraison funebre
[最終修正 - 2024/06/27-10:25]