それが、いったいどんなことなのか。理屈では確かに分かっていたのに。
「……今ならまだ引き返せる。やっぱりよそう、リスクが大きすぎる……」
「今さら何を言い出すの!?」
やさしく悲痛な彼の声を振り切って、飲み下したそれは、味さえ分からなかった。口の中に入れた瞬間から、それがいかに生ある存在にとって異質なものなのか、きっと魂が拒絶の悲鳴を上げる。
グールパウダー……ひとを不死者につくりかえる、劇薬。
けれど、それを飲むことがどんなことか知っていても。眼前で、それを飲んだ幼馴染がどんな変貌を遂げたか見ていても。それでも、……けれどそれでも、たったひとり置いていかれることを思えば。
耐えられる、わけではない。
ひとり取り残される恐怖と、死の恐怖。天秤にかけて傾いたのがどちらなのか。ただ、それだけだった。
「……っ!」
身体が拒絶しても、薬は速やかに効果を発揮していく。吐き出したいと思ったけれど、身体がそうしようとしたけれど、口に含んだ瞬間から薬は効果を発揮していて、もうどうにもならないことも分かっていた。
具体的に、どこがどうと表現できることでは、なかった。
ただ、薬が速やかに身体中に広がっていったことと、ほとんど同時かそれに少し遅れて、魂までもが――むしろ魂に、その薬が広がっていく。それが分かる。……それだけが。
寒いのか暑いのかが分からない、のたうっているはずの自分の身体が本当に動いているのかが分からない。瞬くたびに視界が色を失い、すべてがぼやけていく。音も少しずつ遠くなって、精霊の森特有の圧倒的な緑のにおいさえ薄れていく。五感すべてがすみやかにあっけなく、どんどん儚くなっていく。
ああ、これが「死」だと。
こうして人は、すべてを置いていくのだと。
置いていかれるだけだった自分が、今まさに彼に置いていかれるはずだった自分が、けれど逆に彼を置いていく。ひとりになるのが怖くて選んだはずなのに、結局はたったひとりになってしまう。
それが、怖い。怖くなった。
理屈では分かっていたはずのことに今さら気付いて、どうしようもなく怖くなって、けれどもう引き返すことができない。置いていくのは自分、置いていかれるのは彼。ごめんなさいと謝りたくても、誰に、何に対して謝りたいのかが分からない。
きっとすぐそばで悲痛な顔をしている彼の顔を、せめて見ようとして。名前を呼んで、あるいは何ごとか放しかけてくれているだろう彼の言葉を、せめて聞き取ろうとして。何もかもが遠くなった世界に、けれど、せめて彼の存在を感じ取ろうと。
あがいてあがいてあがいて、
途切れかけた意識に、彼が何かをつぶやいたような気がした。何かを返した自分に、何かひどく乱暴な彼の言葉を聞いたように思う。あるいは、鉛のような身体が懸命に剣を握ったかもしれない。
分からない、もう、何も分からないけれど。
それが、いったいどんなことなのか。理屈では確かに分かっていたのに。
理解した瞬間、死に飲み込まれていた。たったひとりで彼を置いていくのだと、思い知ったときにはもう引き返せなかった。そうと望んだとおりに薬は広がって、魂に広がって、
――ごめんなさい。
誰に何に対するものかも分からない、ただ、声に出せない謝罪の言葉だけが脳裏にぐるぐる渦巻いて。
寒いのか暑いのかが分からない。
ただふるりと――魂が、かすかにわなないたと思ったのを最後に。
何もかもが、世界を――彼を置き去りに。
黒に、
――……染まる。
