たぶん、望む答えを知っていたはずだ。
けれど言葉は、何も出なかった。
メンバーは四人、先頭を礼儀知らずの緑髪が行き、そのすぐあとを追うように王宮魔導師、そして彼が主とあおぐ少女、最後に自分、の隊列だった。ドラゴンオーブの最後の記録が語るというコリアンドル村、そこで仕入れた噂話から山岳神殿とやらに向かうことに決めて。山岳神殿というからには、それは山の中にある。
メンバーは四人、先頭を礼儀知らずの緑髪が行き、そのすぐあとを追うように王宮魔導師、そして彼が主とあおぐ少女、最後に自分、の隊列だった。そして、村を出た直後には王宮魔導師と少女の位置はまるで逆だったはずだ。
ディランは誰にも気付かれないように薄く薄く息を吐く。
本来、無骨でしかない自分にこんな役目は似合わないと、彼自身が百も承知だったけれど。
「……おい」
「――なんだぁ? ……それらしいもん、見えたのか」
「いや、そうではない」
立ち止まったディランが声を上げて、それに振り向くついでのように一行の足が止まった。期待にだろう意気込む無礼者はばっさりと切って捨てて、彼は背負っていた荷物をわざとらしく斜面に降ろす。
「少し、休みたい」
「そ、」
「――分かりました。重戦士ということで、あなたには荷物を任せっぱなしにしてしまいましたからね。いざという時の戦力に影響が出ては大事ですし。
アリーシャさま、よろしいですか?」
「え、ああ……はい。そうですね、休憩にしましょう」
魔導師の眼鏡の奥が、仕方ないですねとぼやいている。気付かないアリーシャが手近な岩に軽く腰を下ろして、まったく意思確認をされなかった無礼者は、ひとりすねてそっぽを向いた。
村に立ち寄ったついでに補給したばかりの、新鮮な水を口に含む。携帯食とは違う……菓子だろうか、そのようなものを手にしたアリーシャが、そんなディランにてててっ、と近寄ってきた。
「あの、……食べられます、か?」
「ご厚意はありがたいですが……俺が食べては、王女、あなたの分がそれだけ減ってしまう」
「アリーシャ、と呼んでくださいと……お願いしませんでしたか?」
「……それはどうだったか……次から気をつけます」
金の髪に鮮やかな蒼い瞳。敬愛する主の整った顔がなんだか曇った理由が分からなくて、ディランはあわてる。忠誠うんぬんを差し引いても愛らしい少女だ、微笑んでいてくれた方がずっとずっと嬉しい、のに。
「――ああ、その。甘いものが、あまり得意ではないのです。せっかくおすすめいただいたのに、すみません」
「そうなのですか。それは、」
「いいや! どうか、……謝られることではありません!!」
図体のでかい彼のあわてる姿は、きっと滑稽だっただろう。不器用な道化師と、笑ってくれればいいのだが。他の誰にも許すつもりはないけれど、主にならば、そうして笑われても誇らしいばかりで。
思う彼に、少ししょんぼりしていたアリーシャの顔が上げられた。それは哀しそうな、ではなくなっていて、けれど困ったような微妙な笑みで、
「――ではこれは、下げます。……あの、お訊ねしてもいいでしょうか」
「なんなりと。……俺に答えられることなら」
ほとんど反射的に返したそれは、彼女の目を伏せさせるばかりだった。気付かないふりをして、汚いですがお座りになりますか? と手近な小岩をすすめたなら、はいと小さくつぶやいて素直にそこに腰を落ろす。
「――ずっと、疑問だったのです」
先ほど彼にすすめようとしたのは、小さな焼き菓子だったらしい。ひとつを袋から取り出して口に含んでさくさくしてから、そうしている間に考えをまとめたのか、やがてぽつりとアリーシャが切り出した。
「王家の地下道ではじめてお会いしてから……疑問だったのです」
「それは……何が……?」
「あなたの忠誠を、疑うわけではありません。けれど、その忠誠はわたしのどこに向けているのだろうか、と」
山にあれば風が強くて、ここは多少はさえぎるもののあるはずなのにやはり風が強くて、そのうなるような音にかき消されそうな小さな声が、かすかに笑った。きっとそれは自虐的なもので、あまり見たくない種類のもので、だから風にまぎれて聞き流したいようなものだった。
そうしてアリーシャの声が、うつむいたまま笑ったまま――かすれたように、続く。
「――ディパンに、ですか? それともディパン王族に対して、ですか?? あなたがわたしを尊重してくれるのは、いつもわたしのことを気にかけてくれるのは……シルメリアを内に宿しているからでしょうか。ただのか弱い女の身、放っておけないのかも、しれませんね」
「あ、」
「分かっています! 単なる、愚痴なんです。……わたしひとりみなさんになかなかついていけなくて、ご迷惑をおかけして、気遣いをさせてしまって……その上愚痴っているだけなのです。
すみません。謝罪の言葉はいらないと、おっしゃるでしょうか。けれど、すみません……それしか、わたし……」
気付かれていた。たとえばたった今のこの休憩も、少しずつ、けれど確実に歩くペースの落ちていくアリーシャのためだったことに、一番気付いてほしくない彼女自身が気付いてしまった。
世間に疎いようでいて、それでも聡い少女が、そうだ、考えてみれば気付かないはずがなかった。何もこれがはじめてではない。忠臣を名乗る彼は、今まで何回も何回も似たような不器用な気遣いをしてきている。
――それでも。
「……俺が好きでやっていることです。俺が勝手に、あなたのためにという名目で、好きにしていることです。こんな旅に引きずり回している以上、主という以前にあなたは旅慣れていない。……好きで、やっていることなのです」
「それは、なぜですか?」
ゆっくり吐いた台詞は、堂々巡りの質問をつれてきた。即答できなくて言葉に詰まるディランに、淋しい笑みを浮かべたアリーシャが、いつかまっすぐ彼を向いていた彼女が、一度ゆっくり瞬いた。
「……ごめんなさい。意地悪を、言いました」
そして立ち上がって土を払うと、つとめて明るい声で、まるでたった今のやりとりを感じさせない声で、手に持ったままの菓子の袋を軽く掲げてみせる。
「日持ちしないそうなんです。わたし一人では食べきれないので、ルーファスとレザードにも、すすめてきますね!」
そのまま来た時と同じように――彼に何も言わせないままに、てててっと去っていく。
「…………何をしているのだろうな、俺は」
口の中が苦くて粘ついていて、手に持ったままだった水筒から一口含んだ。向こうの方で、本当の笑顔なのかそれとも演技なのか、あの無礼者となにか話して怒って笑って、彼に対するときとはまるで違うアリーシャに、苦い感覚は消えない。
「他の誰でもない、俺はあなたに忠誠を誓っているのに」
言葉ひとつ、なぜ出てこないのだろうかと。不器用な自分がただただ苦い。
祖国は大切でそのために戦いたい気持ちは嘘偽りなく、
エインフェリアにと神につけ狙われるほど突出した才能の林立するディパン王族に仕えることはどこまでも誉れ高く、
一度は途切れた生をたとえ仮初めにでもつなげてくれたシルメリアにはただただ感謝の念がある。
体力腕力で勝っている以上か弱い婦女子を守ることは騎士として当然で、
――けれど、なによりも。
ずっと内で見てきた王女は彼が仕えるに相応しいと思った。思ってきた思い続けてきた。知らないなら知ればいい、足りないなら補えばいい。ただ、そうではない彼女の本質に彼は惹かれた。そのそばに控えたい、何をひきかえにしても護れるならばかまわない、ただただ微笑んでいてほしい。いつかそう思うようになっていた。
今までの主には、たぶん抱かなかったこの想いを。
……それを伝えれば良かったのだろうか。けれど、武官でしかない彼にそれらを伝えるだけの語彙は、あの時動揺してしまえば。さらに頭に浮かんでくれなくて。
たぶん、望む答えを知っていたはずだ。
けれど言葉は、何も出なかった。
彼女自身に仕えるこの誉れ、他の何よりも優先してこの胸にあふれる彼女への想いは。
山にうなる風の中、どこへも届かずただわだかまる。
