昏く光る赤い瞳は、けれど、ああそうだ。
彼女に忠誠を誓ってくれた男と、よく似ていたから。

―― 敗荷

「……いた……!」
それは誰のものだったのか、キリのようなささやきに一行の意識が先方に向いた。幾重にも水晶の欠片を組み合わせたような、確かに美しい紗の向こうに目指す敵――この世界の創造主の姿を認めて、自然一行の意識がはりつめたものになる。
延々と続く彼の女神への賛辞は、どこまでも真摯なはずなのにどこまでも不快でしかない。とにかく眉を寄せて先を急ごうとアリーシャが大きく一歩踏み出した、その瞬間。
「――本当に、いいのか」
低く低く、腹に響いた声があった。

思わず振り向いた、その先には。不吉な血の色の瞳を爛々と光らせた、まさに不死者の王に相応しい男がいて。けれど彼のものに違いない先ほどの台詞は、不死者の王にはどこか似つかわしくない響きをともなっているように聞こえた。
だか踏み出しかけた足を身体を一度落ちつけて、アリーシャはしっかりとまっすぐに立つ。
そうして不死者王に――ブラムスに身体ごと向き直ってまっすぐに背筋をのばしてから、ただ一度だけうなずいてみせる。

◇◆◇◆◇◆

ヴァルキリーたちを、運命の三女神の魂を一つの身に融合させる。
それしか方法はないと言ったのは、他でもないブラムスだった。神々の力を奪い、今現在一行がいる――ミッドガルドやアスガルドとはまったく新しい世界を創り出した、狂気としか思えない妄想を実現した男に対抗するには。そうしてまったく新しい戦力を生み出す他に、方法がないと言ったのは他でもない彼だった。

――その器は自分がなる、と。
彼はあのとき、そう、続けたけれど。

◇◆◇◆◇◆

「はい。わたしが、器になります」
「魂が消滅すれば、輪廻の輪から外れることになる」
「分かっています」
「ヒトの身に神の魂を、しかも複数抱え込むなど――」
「時間は、確かに余裕がないかもしれません。けれどそれでも、あの男を止めることは、できるのでしょう?」
「……だが、」
今も、まるでにらむようにアリーシャを見下ろす昏く光る赤い瞳は、けれど――ああ、そうだ。彼女に忠誠を誓ってくれた男と、よく似ていたから。失敗のできない一度きりのチャンスを、時間が足りないことで逃がすわけにはいかないと、単にそれだけを心配している目ではないと思ったから。
ただの人間の小娘を心配してくれている――そう、見えたから。
アリーシャのくちびるが、さざなみのような笑みを浮かべる。

「わたしの身は人間です。ただの、人間のものでしかありません。確かにあなたの言うとおり、神の力に長時間耐えられるものではないでしょう。
……けれど、」
胸元を手に当ててみせて、――身体はまだ「人間」のままのはずだった。
グールパウダーの効力を知っていてそれを呑んだあのときから、魂が人間のものかといわれれば、それは違うとアリーシャ本人も分かっている。もしもヒトの魂に神の魂を宿す必要があるのなら、今の自分はきっとそれに相応しくはないだろう。
それでも借り受けたこの指輪の力を借りて、この身はまだ人間のもののはずだった。
だから。今必要とされているのが「器」なら。

きっとこの場にいる誰よりも、自分はそれに相応しいという自負がアリーシャには、ある。

◇◆◇◆◇◆

「だてにずっとシルメリアと一緒にいたわけではありません」
「融合と宿すことは違うと、」
「はい。違います、分かっています。……それでも」
それでも、アリーシャという自意識の育つ以前から――魂が発生した、きっとその直後から。もしかしたらその前から。自分ではない人格とずっと生きてきた自分には、それだけの実績がある。受け入れ、受け流すことを知っている。体感し、実践してきた。
それは、この場にいる誰もが知りえない感覚のはずだった。
「……それでも、」

――今、ディランの魂はどこにあるのだろう。
ふと、疑問がはじける。
――あの時、あのディパン城で「ブラムス」が姿を現して以降。
――「彼」はどこに行ってしまったのだろう。

それはきっと彼女の考えを後押しするものだった。
アリーシャはここにいる、彼女を宿主とした戦乙女の魂もここにある。けれどこの男の宿主の行方は知れなくて、それは、……それは。
「……ディランに、」
「? なんだ??」
「あなたはディランの魂と融合して存在を隠していたと、さきほどそう仰いました。
けれどそうなのでしょうか。――本当にそれだけなのでしょうか。
わたしの内でシルメリアが語りかけてきたようには、あなたがディランへ語りかけなかったのは、本当にそれだけなのでしょうか」
「私はあの男の内に存在を隠していた、気付かれるわけにはいかなかったのだ。だから、」
「――本当にそれだけ、ですか?」

いつか一行はその場に立ち止まっていて、二人以外の誰もが、二人を怪訝な目で見ていることを知っていたけれど。それでも引き下がるわけにはいかなくて、ちゃんと納得してもらいたくて、アリーシャはゆるく首をふる。
そんな彼女が何を言おうとしているのか。きっとそんなものお見通しなのだろう、岩を削ったようなブラムスの顔がなんともいえないものに変わっていくのに、たたみかける。
「もしもあなたの意識が浮上したなら、ディランの魂は、あなたの存在に耐えられずに崩壊していた。あの肉体はディランのものだから、たとえあなたが不死者の王でも、崩壊の影響を受けないとは限らない。
だからあなたは、」
「……あの男に私がまったく影響を及ぼさなかった、とは言わなかったはずだが」
「けれどわたしの中のシルメリアのようには、表に浮上しなかったでしょう?」

それは、たとえば性格の違いやら、神と不死者の違いやら、が関係するのかもしれないけれど。隠れていた、身を隠さなければならなかった。下手に意識の表面に浮上したなら、気付かれるかもしれない。――それが嘘だとは思わない。
けれどそれだけではないと、アリーシャは思う。

◇◆◇◆◇◆

――何も、それが神でなくても。
――自分以外の存在を受け止めるには、ヒトの精神は脆弱すぎる。
――だから不死者王は彼の魂の奥底から浮上するわけにはいかなかった。
――……けれど。

「わたしの肉体は、ヒトの肉体は。確かに脆くて、時間の猶予はきっとありません。けれどわたしの精神は、シルメリアを知っている。いいえ、シルメリアだけじゃない。彼女の連れていたたくさんのエインフェリアが自分の内から語りかけてくる、その感覚も知っています。
あなたは、確かにあなたの体調が万全なら肉体は耐えるかもしれないけれど。受け止められますか? 自分以外の人格を受け入れて、ちゃんとまとめあげる自信が、ありますか??」
「小娘が……大口を叩くものだ」
「シルメリアと共に生きた年月にかけて。
――だから認めてください。……器には、わたしが」
「その結果が……」
「たとえ、その結果魂が消滅しても。わたしが見つけた、わたしのするべきことです」

男の女神に対する賛辞はやはり延々と続いていた。
真摯で不快な声が、けれど今は聞こえない。

不死者の王の、爛々と光る不吉な血の色の瞳しか。

――今、は。

―― End ――
2007/12/14UP
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敗荷
[最終修正 - 2024/06/27-11:22]