―― 鮮やかに色付く

精神力回復の薬を、投げつけた。狙いどおり顔面にぶつかりそうになったそれを、けれどあっさりと当人は受け止めた。迷惑そうな真紅の目は絶対零度の視線でねじ伏せて、いかにもいやいや薬を口元に運ぶ手とは逆の腕を、遠慮なしに取り上げる。
「……っ、てめえ、」
「無茶な戦い方しなけりゃこんな怪我負うこともなかったし、怪我さえなければたかだか私がひねり上げた程度で素直に痛がるようなキミでもないでしょう。何度も言ってるじゃない、自業自得よ」
「っ、……ほっとけ。つか、別に手当てなんか必要ねえ。術で癒す」
「血のにおいが気になるのよ。キミ、怪我さえ癒えたらあとはどうでもいいってほったらかしにする気でしょう」
「……あァ?」
「手当てついでに汚れも落とすわ。……ところでにらみつけただけで私がひるむと思ってるの?」
「…………チッ」
血のにおいのする鋭い視線がそれて、不承不承を隠しもしない舌打ちがそれに続く。傷口にはさわらないように、けれどそれ以上怪我のことを気にしないで取り上げた腕を、改めて今度は痛くないように抱えなおしながら、
「もう少し、戦い方考えなさい……。見てるだけの私の寿命をどれだけけずれば気がすむのよ」
マリアの口から漏れるのは、愚痴。
「怖かったん、だから……」
そして、――今にも消え入りそうな弱音。
きっとそれが意外だったのだろう、小さく鋭く息を飲んだアルベルに気付かないふりをして、ぬれた布で傷口およびその周辺に広がる血と泥を落としていく。

同じパーティを組んだ当初はぎごちなかったそれも、かなしいかな、何度もくり返していればずいぶん手馴れたものになっていた。
けれどそんなマリアを射抜くようなこの真紅の視線には――これだけには、きっとそうそう慣れることはなくて。

◇◆◇◆◇◆

戦闘があった、アルベルが怪我をした。それはもはやいつものことで、ひっくり返るはずのない決定事項で、その怪我の手当てをマリアがすることもまた当たり前になっていた。
仲間たちは向こうの方でいつもどおりにぎやかに騒ぎながら怪我の手入れをしている。そんな場にいてたまるか誰の手も借りてたまるかと一人淋しい方に行こうとするアルベルを、一人にさせるものかとマリアが追うのは、そうだ、もはや当然のことになっていて、

◇◆◇◆◇◆

「――死ななきゃいい、なんて思ってないわよね」
「……阿呆」
彼が決まって怪我を負うのは、その頻度が高いのは、ガントレットをつけた左腕。マリアの目にはだいぶ見慣れたけれどきっと絶対に慣れることのない、焔の竜が見た目でさえ悲痛に巻き付いた、過去の罪の痕。
盾を持たない彼は、盾を持つことで動きが鈍ることを嫌うアルベルは、かといって避けることで隙ができることもまた嫌がるアルベルは。敵の大抵の攻撃をこの腕で受ける。金属製のガントレットは確かにそこそこの攻撃を跳ね返すけれど受け流すけれど、受けた攻撃のその衝撃までは完全に防がない。そこそこ以上の攻撃にはガントレットは負けて、当然その下にある彼の腕も相応のダメージを食らう。
だから今も、少し変形したガントレットを外したなら、その下には痣および血のしたたる擦過傷。ただでさえ火傷の痕が痛々しいのに、それらは見た目にさらに痛い。
「痛みを受けることが罰だなんて、そんな馬鹿な考え持ってないわよね」
「……何度くり返せば気がすむんだ。違うと何度も答えてるだろうが」
うめくような声に返るのは、ため息。薬を飲み終えて手持ち無沙汰なのか、片手で器用に装備を外していく。
こうして無防備な姿を見せてくれる程度には、慣れてくれたのだと思うけれど。だからといって生命を大切にするような男ではないと、短くはない長くもない付き合いの中、それは思い知っていたから。
「――……私の言葉、通じているわよね」
「なに言い出すんだ、阿呆」
「だって、何度言ってもどう言っても、怪我するじゃない。同じ戦闘に出た他のメンバーが無傷でも、キミだけは、」
「……阿呆」

勝手に潤む目を、ふるえる声を、見られたくなくてマリアはうつむいた。いつの間にか手が止まっていて、こつりと額を当てた先――男の腕は熱くて、確かに生きているのだと彼女に信じさせようとするように熱くて、その熱が目の奥につんと痛みを呼ぶ。
馬鹿な感傷だと、頭では分かっていたけれど。
マリアの知らなかった感情を、感傷を呼び起こす男は深く息を吐いて。さらりと視界を邪魔する青い紗を乱雑な動きで指に絡めると、それをかき乱す。心底乱雑だったけれどふしぎとそれは痛くはなくて、やさしいとふとそう思ってしまって、そのやさしさがなんて切ない。

◇◆◇◆◇◆

アーリグリフの狂犬、そう評したのは一体誰だったのか。
確かに乱暴でないとはいわない。確かに好んで敵を作る言動を選ぶ。確かに戦いを好む、引きつった笑みをはり付けて率先して得物を手にして保身さえ考えずにその只中へつっこんでいく。
けれど。
けれどそんなもの、彼の一面でしかない。本質の、せめて一部分でしかない。本当の彼はそんな一言では到底言い表すことはできない。ひと一人、たった一言で言い表すことなんて、きっと誰にもできない。
我が身のことを忘れて、ただただ目前の敵を倒すしか考えない男の、その戦い方の理由なんて。そんなものがあるかないかも、本人以外誰にも分からない。

◇◆◇◆◇◆

「……ばか」
「あァ……?」
傷をあらためて薬を塗って包帯を巻いて、骨に異常がないと確かめてから、そんな手当てをしながら。
ぽつりとこぼすマリアに、アルベルの目がきっとすっと細くなる。ずっとうつむいたままの彼女には見えないけれど、きっと――不快にではなくて細くなる。
「キミが自分のこと気にかけなきゃ、私がキミの心配するのよ」
「……誰も頼んでねえ」
「でも、そうなんだから」
きっと手持ち無沙汰な彼の手が、さらさらとマリアの髪をくしけずる。その手は、ああ、なぜこんなにもやさしい。
「仕方がないじゃない、いつの間にかそうなっちゃったんだから」
「おまえの勝手だろうが」
「知ってるわ、分かってるわよ。キミがどんな戦いかたしようが、結果どんな死を迎えようが、それはキミの勝手なのに。そんなこと分かっているのに」
最初はまともに巻くことさえできなかった包帯も、何度もくり返していればいやでも上達する。それだけの時間、一緒にいた。それだけの時間関わってきた。
そうして心は絡め取られて、今では無茶な戦い方をするアルベルを、勝手に心配してしまう。

「……阿呆」
「知ってるわよ」
「…………」
怪我も痣も火傷の痕も覆い隠した包帯の端を、そうして結んだ。いつか黙りこくったアルベルに、不都合がないか訊ねた。
問題ない、といつもの仏頂面の声が上がって、
そう、といつもの声を上げようとして、
けれどそれよりも先に、手当てが終わったばかりの左手がマリアの腕を軽くひっぱる。力の入っていない、力が入らないと聞いた、その左腕がマリアを捕まえる。

そして力なく引き寄せられて、
ぼそりと、耳元に。
かわいげのない、きっと仏頂面の、色気だってない彼の声を、
けれど、聞いたなら。

ぱっとマリアの頬が血の色に染まった、急激に熱を帯びた頬にそれが分かった。
無茶な戦い方は変わらない変えられないと知っていたのに、ああ、なんてこの男はひどいのだろう。たった一言で、この頬も――いや、心までが。

これほどまでに簡単に、鮮やかに色付く。

―― End ――
2007/08/18UP
切情100題_so3CP混合_
OFP
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鮮やかに色付く
[最終修正 - 2024/07/10-16:56]