―― 冷たい君とぬるま湯のような僕

ぽかりと意識が浮上して、今まで寝ていたことに気付いて、そのときにはきっともう目が醒めていた。ゆっくりと瞬きをして、それから起き上がる。ひとつのびをして、そうこうするうちに気のせいではなく頭が覚醒していって、それを自覚して、のそのそとベッドから降りた。
ここは家ではなくて、未開惑星で向かえる朝は果たして何日目だろうか。とっくに数える気なんて失くしていたけれど、ふとそんなことを思えば苦笑が浮かぶ。以前は目覚ましをしかけておいても、自力で起きようなんてほぼ絶対に無理だったのに。
そんなことを思いながら顔を洗おうと洗面所に身体ごと向いたところで、

――ごッ。
なにやらそんな感じの鈍い音が、どこかから響いてきた。

◇◆◇◆◇◆

「……?」
寝惚けているのだろうか、気のせいだろうか。
二度ほど瞬いて周囲を見渡して、確かこっちだよなと顔を向けた壁の向こうは、女性陣の部屋だったはずだ。あの鈍い音が気のせいではなかったとしたら様子見に走った方がいいだろうか、しかし朝っぱらから女性の部屋に入るなんてぶしつけな真似をしてもいいものなのだろうか。
あとから思えばそれこそ寝惚けているような思考が走って、とりあえず部屋の入口に向かおうとする。
向かおうとしたところで、
「あー、久々にやったなマリアのやつ」
「マリア……?」
そういえばそんな寝惚けフェイトよりも一足先に起きていたらしい金髪筋肉男がのんびりと洗面所から出てきて、たぶん顔の水気をタオルでふいているところをみると本当に一足先に起きただけのようで、大またでフェイトの前を通り過ぎると、どうやらフェイトの気のせいではなかったのだろう、先ほどの音に対して。
音の聞こえてきた壁を――ノックよろしく殴りつける。
音はあまりないけれど、振動は伝わるような。そんな感じに。
「マリア、おい、……大丈夫か?」

いくら未開惑星でも、それなりの金額を払って泊まっている宿屋だから、いくらなんでもそこそこの防音措置は取られているだろうに。フェイトにとっての常識の大半が通用しないクラウストロ人は、届かないはずの声を上げてから、なにやらフェイトにひらひら手を振った。
「……? なんだよ」
「ちょっと見に行ってくれや」
「なんで僕が。……おまえが行けばいいだろ」
「まあまあ。たぶん面白い……いや、少なくとも珍しいもんが見れるからよ」
これが他の用件ならふざけるなとうなるところだけれど、先日出会ったばかりの、いかにも切れものの女性の関係する珍しいものとはいったいどんなものか、好奇心が勝った。いかにもしぶしぶと、けれど実際心配する気持ちもあって、犬を追い払うような仕草に部屋を追い出される。

◇◆◇◆◇◆

「……マリア、ネルさん?」
それでもだいぶ覚醒した頭は、女性の部屋のノブをいきなり回すような真似をさすがに許さない。そういえば時計を見忘れたけれど、空気の温度やら鳥の声やら窓からさしこむ陽の光やら、そんなものから早朝というのはわかって、他に宿泊客がいるかもしれないと思えば大声を出して騒ぐわけにもいかず、ノックをしてみる。
しばらく待ってみたけれど、返事はなかった。
ひょっとしてネルさんは仕事で抜け出していて留守なのかな、などと思ったのはあとからのことで、こそとも音を立てない扉になんだか焦りが生まれる。
「――開けるよ?」
なぜか鍵のかかっていなかった扉に驚く余裕さえなくて、一気に部屋にすべり込んだ。
何かがあったのかと見渡すこともなく、まっさきに見つけたのは。ちょうど先ほど金髪筋肉男が殴りつけた壁の向こうがわあたりに、あざやかに青い色。
「マリア……?」

まるで壁に対してうなだれているような、何となく不自然な感じもする姿勢のままぴくりとも動かない。きっといつもなら、つぶやくように呼んだ声にくっきり反応するだろうのに、フェイトの声が聞こえていないのだろうか。
もう一度見渡して赤い色が見当たらなくて、もう一人の部屋の主は本当に留守らしくて。
おっかなびっくり極まりない、自分でもあきれるへっぴり腰でマリアへと向かう。

「ええと、どうかした……」
ぶつっと声が途切れたのは、きっと驚きから。きょとりと挙動不審そのものの動きで背後を振り返り、誰もいないことを確認してしまって、かえって誰かの助けがほしくなる。
青い色は、マリアは、壁に向かってうなだれたようなどこか不自然な姿勢から、やはりぴくりともしない。――それはそうだろう、というか、なんて器用な、というべきか。

立ったまま額を壁にあずけて、そんな不思議な格好で。
たぶんきっと、どうやら彼女は寝ているようだった。

◇◆◇◆◇◆

――確かに、面白いものかもしれない。
――確かに、きっととてつもなく珍しいものだろう。

けどもなんの予備知識もなくこんな状況に放り込まれても、果たしてどう反応したらいいものか皆目見当がつかない。今すぐ部屋に取って返して、きっとにやにや笑っているあの金髪を血の海に沈めてやろうか、などと混乱全開の物騒極まりない発想を真剣に検討しはじめたフェイトを、なんだか見計らったように。
それまでそれなりにまっすぐに立っていたマリアの身体が、なんだか少し重心をずらした。
ような気がして思わず凝視していると、どうやら気のせいではなくてじりじりとその頭が、ちょうどフェイトの方に向かって傾きはじめる。
再びどう反応したらいいものかフェイトが戸惑っているうちに、じりじりは進んで、たぶんもうしばらくこのままでいたならぽてっとこちらに倒れてきそうな気がする。それともその前に、その場に崩れ落ちたりするかもしれない。

――ああ、確かにこんなのマリアらしくない。
出会ってからそんなに経っていないけれど、そのわりにすでにできあがってしまったフェイトの中のマリア像に、こんな行動パターンなんてない。
……いや、悠長にそんなこと考えている場合ではなくて。

「――たまーにあるんだよなあ」
「うぉわぁっ!?」
ものすごいスピードで思考が回って、そのつもりでけれど実際は身のある思考なんて全然遠くて、ともあれ思考はそんなでも身体は凍り付いていたわけで。ふと脇から降ってきた声に悲鳴を上げたなら、一人すっかり身支度の終わったマリアの養父が、なんだかなぜだか苦笑している。
「夜更かししたとか酒呑みすぎたとか、そんな感じの翌朝とかにな。寝惚けるッつーか……なんていやいいのかな。まあこんな感じに」
「どんな感じだよっていうか僕にどんな反応しろってんだよ。むしろマリアがこんなんだって知ってたならあらかじめ教えとけよびっくりしたじゃないか!」
「悪ィ悪ィ。でも、なかなかレアだろ?
たぶん寝てるのと起きてるのとの微妙な境目にいるんだな。中途半端に起きて、変なとこで寝て、結果として適当なもんつっかえ棒にして立ったまま寝てたり座ったまま寝てたり。
器用だよなあ」
「感心して見守ることじゃあ……!!」
悠長な会話の最中もマリアのじりじりは続いていて、フェイトが予感というか予測したとおりある程度まで重心が崩れたところで、ぎりぎりのバランスは崩壊した。頭どころか身体丸ごとフェイトの方に倒れてくるのを、会話に集中していたせいで不意打ちを喰らった格好になって、よけいにあわてたフェイトが思わず手をのばして、そのままがっしと抱きとめる。

見た目の印象よりも、実際触れた彼女は細かった。
見た目の想像よりも、実際触れた彼女は儚かった。

それなりの衝撃はあったはずなのにいまだ眠りに捕らわれているマリアは完全に脱力していて、いくら彼女が細身でも、意識がないひと一人、支えるのは意外と骨が折れる。どこまでも平和な寝息、伏せられ強調されたまつげの長さ。舞った髪からはなにやらいいにおいがして、白い肌はなめらかで、パニックを通り越してフェイトの頭の中がまっ白に塗りつぶされる。

ただ、いったいどれだけの時間突っ立ったまま寝ていたのか、彼女の肌がなんだか冷たくて。
ただ、いったいいつからか見当もつかないけれど、自分の身体がなんだか熱を帯びていて。
まっ白な頭は延々白いままで、眠り姫は目覚めのキスがないので眠りに囚われたままで。

◇◆◇◆◇◆

遠くでなにやら音がする。どうやら人の話し声のようで、いつの間にか帰ってきた赤毛の女隠密と金髪筋肉男が向こうの方でなにやら話しているようで、でもその会話が聞こえているのに内容がまったく分からない。

そのうちに、ぴくりとマリアのまぶたが動いたような気がした。
いまだフェイトがマリアを抱きとめたままで、むしろ両腕でがっちり抱きしめた状態で凍りついていて、このままだと目覚めた彼女はきっと今のフェイト以上に混乱することうけあいなのに。
けれどいまだまっ白のままのフェイトの頭は。
冷たいきみとぬるま湯のような僕、少しでもきみを温めることができていますか? なんて。
正気の沙汰とも思えないことを、――はじき出す余裕さえ、ない。

―― End ――
2008/09/03UP
切情100題_so3CP混合_
OFP
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冷たい君とぬるま湯のような僕
[最終修正 - 2024/07/10-17:04]