―― からまったまま解けずに

「……何やってやがる阿呆」
「ああ、あんたか。まったくだよ。何やってんだろうね」
久々のオフで、あいにくの雨で、報告書をまとめようと思っていたのに。それとはまったく別のことに手を出して手を動かし続けているネルは、背後からかかった声に振り向きもせずに肩をすくめた。
いつもなら、何も考えずにアホアホ連発するなくらいは言うかもしれない。けれど実際、今やっていることがどれだけ馬鹿げたことなのかわかりきっている身としては、まったく自分にあきれる以外にどうしようもない。
「……だから何やってんだよ阿呆」
「あんまりくり返さないでほしいね、事実だって認めてやるから。
――この前実家に帰った時に母さまに渡されたんだよ」
「このこんがりまくったやつをか? ……実の親から嫌がらせ、」
「そんなわけないだろバカだね」
声が近くなって、どうやら覗き込まれて、別に隠すつもりもなかったからそのままにしておいたらそれこそ何も考えていないのだろう馬鹿なことを言われた。――まあ、確かに。なんの説明もないとなると、まるでわけの分からないことなのかもしれない。

「この前シランドに寄った時にさ、実家に顔出したんだよ」
「ああ、それで。城にも街にも見当たらなかったのか」
「……捜したのかい? 女官とかに言付けてもらえば良かったのに」
「――別に切羽詰まった用があったわけじゃねえよ阿呆」
「だからアホアホ言うんじゃないよ、あんた本当にいい歳こいて、」
「――で?」
「ああ、母さまにご挨拶したらちょうどいいってこれ渡されたんだよ」
「こんがらまりまくったよく分からん物体をか」
「だからそうじゃないってば。
母さま最近レース編みにはまったそうでね、あたしにも勧めてくれたのさ。道具と、糸と、あとはまあ……とっかかりにって少しだけ編んだのを」
「こんがらがったのを投げてきたのか」
「だからなんであんたそんな風にひねくれまくりに思いたがるのさ?」
「目の前にそんな物体転がってりゃそう思うだろうが普通」
「あんたに普通を語ってほしくないねえ。
まあ、ともあれ。渡されたときは糸もちゃんとまとまっていたし、それ以外だって問題なかったさ。わざわざバスケットに道具一式まとめてくれて、それごと渡されたんだ。問題は、あたしがそれを、バスケットごとパーティの道具入れに投げっぱなしにしてたことだよ」
「――ああ、つまり、」
「変な風に曲解しないうちに言っとくけどね。
バスケットに道具一式つめてくれたけど、レース糸が遊ぶだけのスペースがあったからね。そんな状態であちこち移動するはあげくのはてには戦闘にまで巻き込まれるわ。結果的にこんな惨事ができあがりってワケさ」
「――あ、」
「それとうちの母娘仲は悪くないからね」

◇◆◇◆◇◆

後半はほぼアルベルに何も言わせないように畳み掛けるように。そんな説明をするネルの手元には、いっそみごとといってもいいかもしれないほど芸術的に絡みまくった、レース糸のカタマリ。ネルの記憶が確かなら、少しだけ編んだレースにつながっていた糸の玉がひとつと、予備の、もしくは新しく作る用の玉が三つほどあったはずで、それらが今はそんな記憶を頼りにしなければならないくらいにひとかたまりになっている。
本当は、そんなこまごましたことをしている暇はないからと受け取るつもりはなかった。
けれど仕事が忙しいと大陸中を飛び回っているネルと、基本的に屋敷でおだやかに日々を過ごす母親とが、顔を合わせる機会自体がそもそも少ないから。久々に顔を合わせた親の、その好意を無碍に断ることができなかった。断って、きっとひっそりしょげる母親を想像してしまえば、笑顔で受け取るしかなかった。
そうして受け取ったバスケットの中身を、いくら道具袋の奥底にしまいこんだとはいえその存在を忘れるはずもなく、時間があって天気も悪くて、だからそう、別にレース編みをしたかったわけではないけれど道具袋の奥底から引っ張り出して。なんだか引っかかっているなあと思いながらフタを開けてみれば、予想外の大惨事が広がっていて、それを見なかったことにすることはネルにはできなくて。

「――阿呆」
「あんたに言われるまでもなく、わかってるさそんなこと」
別に、今だってレース編みをしたいとかではない。ただ、こんなごちゃごちゃに気付いたからには、ごちゃごちゃのまま放置することができないだけだ。アルベルのいう「阿呆」な性分は、だからせめてレース糸を玉の状態程度には戻したがって、報告書も別に緊急ではないのでそれは後回しにすることにして、ひとかたまりの糸に手を出した。
口が動いていても手は休めない。最初は途方にくれたごちゃごちゃも、少しだけマシになってきている。たぶんアルベルが覗き込んでいる今も、現在進行形で、マシな方向へ少しずつ進んでいるはずだ。
久々のオフで、あいにくの雨で、報告書をまとめようと思っていたけれど。今日一日かけたなら、きっとなんとかこのごちゃごちゃの整理がつく。もちろんどうでもいいといえばどうでもいいことだから、それより優先度の高いことがあったならこれはこのまま放置するけれど。同じ説明をした女性陣は納得してくれたしきっと協力してくれるから、目論見はきっと達成できるはずだ。

◇◆◇◆◇◆

思って、思っているうちに背後から手がのびてきた。なんだと目を見張るまでもなく、それはいかにも不器用そうにごそごそ動いて、ひょっとして協力してくれているのかもしれないけれど、ぶっちゃけるなら邪魔にしかなっていない。
大体、変な位置から手をのばそうというのが間違っている。本当に手伝うつもりがあるなら、横に回り込んでくればいいのに。背後から肩ごしに手をのばされても、ネルにとってそれは邪魔だし、のばしてきたアルベルにしても変な姿勢をとらなければならないわけで、たぶん腰あたりに無理が集中する。
とはいえ自他ともに認めるひねくれ者のことだから、単に邪魔したいだけかもしれないけれど。
「……何がしたいんだい、アルベル」
「別に」
「かまってほしいならそう言いな。まさかとは思うけど、手伝う気があるなら横に回りこみなよ。そんな位置から手をのばして、本当にあんたさ、一体何がしたいんだい?」

ネルの手は動き続けて、不器用な片手はただそこにあるだけで、糸は少しずつほぐれていく。そのアルベルはなぜかだんまりを決め込んで、そのうちにネルも呆れて黙り込んで、おかげで生まれた沈黙は、けれど不思議と居心地の悪いものではなかった。触れるような触れないような位置にただ存在する体温が、不思議といやなものではなかった。
少しずつほぐれていく糸が。
いやいやはじめた単なる作業のそれが、けれど、なんだかいやなものではなくなっていて。
なんだか、いっそ、からまったまま解けずにいてもいいかな、なんて。
――そんな風に思いはじめた自分が、きっとなにより不思議だった。

―― End ――
2008/08/16UP
切情100題_so3CP混合_
OFP
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からまったまま解けずに
[最終修正 - 2024/07/10-17:03]