―― 戯れの言葉ばかり

「おまえは嘘が下手だよなあ」
唐突に、まるでため息のようにぼそりと吐かれて、何ごとかと顔を上げた。反銀河連邦組織の旗艦の一室にマリアはいて、ここは彼女ではない別の人間の私室で、今現在この部屋には二人しかいない以上、それをこぼしたのが自分でなければ――残るはたった一人しかいない。
「いきなり、何」
未開惑星にいまだ関係を持っている影響なのか、今日はなぜだか味気ないディスプレイをにらみつけることに飽きてしまって、プリントアウトした紙の束を手にこの部屋のインターホンに手をのばしたのはいつだっただろう。特にあからさまに歓迎されたわけではないけれどだからといって拒絶するでもない部屋の主は、身振りで部屋にひとつしかないチェアをすすめてくれて、当の本人はだらしなくベッドに身を投げ出して――自分が訪れる前と同じくどうやらうつらうつらしていたはずで、――ともあれそれを気にせずに読み進めていたはずの紙の束はまださほど減ってはいない。
だから、つまりそんなに時間は経っていないのだろうと。
ぼんやりと判断する自分が珍しくて、マリアは瞬く。そういえば声に顔を上げたものの、言われた言葉をちゃんと聞いたのだろうか。記憶に残っていなくて、そんな自分にさらに瞬く。
……疲れているのかしら。
思って、本当にそれだけだろうかとふとした疑問を覚えて、
「……嘘が下手だよな」
つぶやかれたそれが、今度はちゃんと聞き取ることのできたそれが。……同じ台詞をくり返したと分かるより先に、なぜだか両手に持っていたはずの書類の束が床に落ちていた。むしろばさりというその音とくり返されたその台詞で、我に返った――というよりも気を散じていた自分に気が付いて。
動揺している、こんなときまで冷静な頭の隅がつぶやいた。
……でも、なぜ?

◇◆◇◆◇◆

「――これでもこのクォークのリーダーやってるんだけど」
自分の疑問に対しての答えは見つからないまま、口だけが動く。まるでひとごとのように自分の声を聞きながら、マリアは取り落としてすっかり散乱している書類に手をのばした。
「前リーダーさんならご存知だと思うけど。すっかり大きくなったこんな組織引っ張っていくには、嘘のひとつやふたつ、腹芸のひとつやふたつ、できて当然よね」
「ま、そうなるわな」
ひょいと肩をすくめるような、事実そうして肩をすくめてみせながらの台詞に、よどみはない。ばさばさと乱雑に手伝ってくれる彼は、けれどそれこそなんでもないように、けどな、と続ける。
「誰がなんと言おうと、今のクォークのリーダーはおまえだし、おまえ以上にリーダーに向いた人材はいねえと思ってるぜ。別にそこにケチつけたいわけじゃねえ。……おまえをリーダーに仕立てたしょっぱなはオレだしな。
ただ……そうだな。おまえはさ、」
適当なところでマリアの持つ束に集めた書類を重ねながら、再びまだ床に残る書類に戻りながら。動揺の理由がはかりかねている彼女に、いつものように笑いかけながら、
「……何て言やいいかな……おまえは、……そうだな。
本当に吐きたい嘘、吐けねえだろ?」
「……意味が分からないわよ」
「じゃあ、おまえ自身に関する嘘」
「――……?」

同意を求められても本気でわけが分からない。眉を寄せるマリアに、養父の笑みは――ああ、苦笑によく似たその笑みは、ますます深くなる。
「……そういや、何だってオレの部屋にきたんだ?」
「え? ……ええと、……なんだったかしら。
何か明確な理由がなきゃ、いけないかしら」
「いいや? オレはまったくかまわねえ。かまうのはおまえだろう?? マリア」
「……私?」

◇◆◇◆◇◆

大きな手ががさりと床をさらって、いつの間にか動いているのは彼だけで、マリアの手は止まっていた。気付いて、気付いたからには動こうと思うのに、マリアの身体は動きを忘れて思い出してくれない。
ぽかん、呆けたように小さく口を開けながら、時おり間抜けに瞬きながら、
――そんなことだけはいつだって冷静な頭のすみが分かっているくせに。身体の動かし方だけは、その頭のすみは分かっていないようで。
口元を、彼の口元を。……いよいよ深くなる苦笑を浮かべたクリフの口元を、ばかみたいに凝視している。

「ここしばらく、短期間でいろいろあったよな。どれもこれもが作り話より作り話めいていて、タチの悪いことに全部が全部事実ときた。そりゃ、オレだって参るさ」
そうかもしれない、けれど。事実は事実として、それを認めないと一歩も進むことができないから、そう分かっているからマリアはそれらを認めて受け入れてのみくだしてきた。
……そのつもりだった。
「しかもそのしょっぱなは、……まあ、区切りなんてつけられねえけどよ。それでもそのしょっぱなは、ほれ、……博士の、死、……じゃねえか」
そうだ。ずっと追っていた、真実を暴くためにずっと追っていた、真実を知るはずのあの博士は。マリアが知りたいことを知っていると、そう認めながら、けれど具体的な説明を何ひとつしないまま――もう絶対に手の届かないところへ行ってしまった。
「参ってる、はずだろ。誰よりいちばん、おまえが」
ため息のようなクリフの言葉が、――けれど、

◇◆◇◆◇◆

「そんなこと、ないわ……気落ちしたのは確かでも、肉親亡くしたフェイトより、は、」
「――ほら、それが下手な嘘吐いてるってんだよ」
理解できない。聞き取ることができる、けれどそれは異国語のようだ。コミュニケーターを通さないエリクールの言葉のようだ。クリフの言葉が、その意味が――聞き取ることはできるのに、……理解できない。
結局ほとんどマリアの手が動かないまま、最後の書類を拾い上げたクリフが、笑う。淡く苦く、まるでクリフに似合わない笑みがその口元に浮かんでいる。
「おまえは大したやつだって、オレぁ認めてるんだぜ?」
「……え? うん……知ってるわ。でも、ありがとう」
そのままそれを、今までと同じように重ねると思ったのに。ひょいと、マリアが抱えていた分が逆にさらわれて。驚いて見上げたクリフの顔に浮かぶのは、

……ああ……これはいつもと同じ、影のない笑みだ。
思って、それがまるで安心したように思って、そんな自分さえも分からなくなったマリアにクリフの笑みがますます深くなる。くしゃりとかき乱すように大きな手が頭に触れて、腹が立つのに、それは――そのなぜか覚える安心感は、出会った当初からずっと変わらない。
「――おまえは嘘が下手だよなあ」
そして三度、彼の口からしみじみ上がるのは。結局マリアには意味の分からない、ただそれがいいとか悪いとか、そういうことではないとだけわかる、

そんな――戯れの言葉ばかり。

―― End ――
2007/10/18UP
切情100題_so3CP混合_
OFP
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戯れの言葉ばかり
[最終修正 - 2024/07/10-16:57]