―― しがみつく理由

朝だ起きろと容赦ない攻撃を喰らったわけではなくて、悪夢にうなされたわけでもなくて、けれど自然に目醒めたわけでもなくて。
「…………」
早朝、小鳥達が騒ぎはじめるような時刻。空が少しずつ明るさを増して、日の出まではもう少し、そんな時刻。
アルベルの眉間にしわが寄って、それがしばらくもにょもにょ動いて、口元から意味の分からないうなり声が上がって、そしてぼんやり紅の色がのぞく。普段ならそれらをじっと眺めて、ああやっと起きたねと肩をすくめる女が、けれど今朝は視界の中にいない。
二度三度ゆっくり瞬いてぼーっとしていた目が、そしてふと脇に落ちた。
「……なんだ……?」
いかにも半分以上寝ぼけた、はっきりしない声。紅が見下ろした先には、かすれた声が落ちた先には、普段の彼にはそうそう見ない女の寝顔。寝ぼけたままそれを見下ろしていたアルベルが、やがて、ふと息を吐く。

◇◆◇◆◇◆

何かに、起こされた。
それが何なのかわからなかった。
それは、きっと寝起きで頭が働いていなかったからというのが大部分だろうけれど。
普段の女を知っているから、しなやかに強いその印象が強いから、だから気づかなかったのだと、思い当たらなかったのだろうと、思う。

今ではもうそれが当たり前のように、彼と同じ寝台で眠る赤毛の女。
その、女が。
アルベルの左腕に、なぜかしがみついていた。

◇◆◇◆◇◆

「……阿呆」
つぶやいてみたけれど、些細な物音でちょっとした気配の変化で飛び起きて、そうそう誰にも寝顔を見せない意地っ張りな女は、けれど今日は目を醒まさない。珍しい、とは思う。思うけれど同じ動きしかできないカラクリではあるまいし、たまにはこんなこともあるのだろう。
何気なく額にかかっていた前髪に軽く触れる。指先で何度か梳いて、やはり目を醒まさないのが面白いような面白くないような。指先をすべらせてほほに触れて軽くつまんでみて、さすがに少しだけ表情が動いたけれど、それでも伏せられた目元は動かなかった。
――そんなに無茶しただろうか。
思ったけれど、思ったところでたとえそれが原因だったところで、自重するつもりにはならない。融通のきかない自分に口の端が持ちあがって、くつくつと低く喉の奥が鳴る。

まったく、お笑い種だ。
確かに殺し合いをしていたのはそんなに昔のことでもないのに。
状況がどう変わったか、はどうでもいい。抱いていた感情に変化があったか、なんてどうでもいい。
絶対に見せるはずのなかった寝顔を、よりにもよって女は今自分にさらしていて、
絶対に触れさせるはずのなかった左腕を、よりにもよって自分は今女にしがみつかせていて、
刃物同士ではなくて肌同士を、今こうして触れ合わせている。――それが、まるで当然のように。
これを笑わずに、いったい何を笑えばいいのか。

◇◆◇◆◇◆

しなやかに強い女だと、知っている。けれど、それだけではないとも知っている。
女は生きていて、生きてきて、女なりの過去があって。たとえばアルベルが左腕に自分の愚かさを示す火傷を負っているように、女の身体にもいくつもの傷があり、そのひとつひとつに何かしらの話を負っている。
当たり前といえば当たり前のこととはいえ、普段あまりに強いからうっかり失念していた。
当たり前といえば当たり前のことを、ふと思い出したのは。
アルベルの左腕を抱き枕に、先ほどまではただ無心に眠っていた顔が。きゅっと眉を寄せて、全身緊張させて、しがみつく力が強くなって。――どうみてもうなされている顔を、したから。ぴくぴく動くその目元に、いつかゆっくり涙が浮かんできたから。

「――阿呆」
つぶやいて、起こそうかどうか迷う。とりあえず指先で涙の粒をさらう。そうして触れたなら起きるかとも少し思ったけれど。どうやら今日はそれだけ眠りが深いらしく、ますます強く彼の腕は抱えられ、そこに額を押し付けるように女の背が丸くなる。
別にそれがどうとかいうわけではなくて、だからどうということもないけれど。
止まらない涙、普段は絶対に見せない弱った姿。
それがどうとも思わないけれど。

取り返そうと思えばすぐにもかなうくせに、左腕をそのままにしている自分が何よりお笑い種だった。
女がしがみついてくる理由を探ろうとしない自分に。
呆れたような低い笑いが、止まらない。

―― End ――
2008/08/07UP
切情100題_so3CP混合_
OFP
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しがみつく理由
[最終修正 - 2024/07/10-17:03]