―― 引き攣るこの想いだけを抱えて

「助かったわ、アルベル。……暇そうね?」
「つまらん」
本日の買出し当番、アルベルおよびマリア。アルベルが運んだ大量のアイテム類をどうやらすべて売り払ったらしいマリアが振り返って小さく笑って、アルベルは元から仏頂面に近い無表情の、さらに鼻の頭にしわを作る。
「どうせなら武器屋に行った方がよかったかしら?」
「今さらあんなもん眺めてても大して面白くねえよ」
「仮にも売りものなんだから、あんなもの呼ばわりするんじゃないわ」
自分でも子供めいた文句に予想どおりの返答があって、てっきり足りないアイテムを補充するかと思ったけれどそうではないらしい。一言二言店主と交わすと、行きましょうと小さな手が軽く彼の腕を叩く。

◇◆◇◆◇◆

「何も買わなくていいのか」
「そう思うくらいなら普段から荷物の把握しようとすればいいのよ。少しでいいから。
……ほしいのは素材だけど、あの店では扱っていなかったわ。一応店主に訊いてみたけど、あの店ではそもそも発注さえしないみたい」
「そうか」
「だから、今回の買出しはこれで終わり。さっきだいぶ売ったから、しばらくは荷物管理、少しは楽なはずだけど。……どうかしらね、工房に行ったメンバーがどんなもの作ってくれるやら」
マリアの言葉に相槌を打つ気さえ起きずに、ともあれこれでやっと自由行動かとアルベルはごきりと肩を鳴らした。別に何か用事があるわけではないけれど、することがないならと雑用をする彼ではない。絶対に、ない。
なのでとにかく宿に戻って昼寝でもして時間をつぶすかとぼんやり考えはじめたとき、ふとマリアが見上げていることに気付いた。
「……なんだ」
「荷物持ってくれたお礼に、おごってあげるわ。よさそうな店見つけたの」
華やかな顔だちに、けれどあまり笑みを浮かべることのない彼女の、つまりは珍しいはずの笑顔はすでにそれなりに見慣れたものだった。わかったの返事のかわりにどっちだとつぶやけば、少しだけ笑みが深くなって、こっちよと細い指が方向を示した。

◇◆◇◆◇◆

てっきり飲食店にでも行くかと思っていたけれどそうではなかったらしい。彼女が見つけたという店はクレープ屋のワゴンで、手近なベンチにどかりと座り込んだ彼を置いていったマリアが、やがて両手に一つずつできたてのクレープを持ってやってきた。
「どっちがいい?」
「中身知らんのに選びようもねえだろうが」
「勘で適当に答えればいいのに。……チョコとフルーツ」
「…………フルーツ」
「じゃあ、こっちね。……あとでチョコの方も一口あげるから」
手渡されたそれに噛み付けば、生クリームついているわよとさっそくツッコミがはいった。食べ終わってからどうにかすればいいだろうと適当に口元を舐め上げて、それでは取れなかったのかくすくすとマリアの笑い声は止まない。

今日はやけにゴキゲンじゃねえか、と口の端を曲げようとして、
けれど、

「――何かあったのか」
けれど口が紡いだのはむしろ逆の言葉だった。それも、彼がまずしない気遣いの類。自分で言ったことながら思わず驚いて口をつぐんだなら、上品に自分のクレープを食べ進めていたマリアの動きがぴたりと止まっていた。どうやら図星らしい。
そんな風に思った瞬間、アルベルの眉が寄る。
「……気のせいよ」
「それなら意味ありげに動き止めんな、阿呆」
「――別に、何もないもの」
「やけに饒舌でやけに笑って、そのくせやたら俺の様子うかがいやがって。何もないなら普段どおりにしてろ」
「他人にかまける暇やら余裕やらがないなら、そもそも気付かないでよ」
「てめえが気にさせてんじゃねえか」
少し喧嘩腰の会話はそこで途切れて、面白くないもやもやが生まれながらも特に爆発するほどでもなくて、沈黙の埋め合わせをするように手の中のクレープだけがどんどん減っていく。
「――アルベル」
「……あ?」
「それ、一口ちょうだい」
「もうほとんどねえよ」
「はい、交換。――残り全部食べていいわよ」

ほとんどなくなっていたはずが半分以上の大きさに化けたクレープをしげしげ見下ろしながら、これは一体なんのつもりかといぶかしみながら、とりあえずそれも平らげにかかる。とりあえずは黙りこくったまま、けれどモノがクレープではそうそう時間がかかるはずもなく、やはり慣れないことはするべきではないもうとっとと見捨てて宿に戻って昼寝しようなどと思いながら最後の一口を口に放り込んだアルベルに、
「包み紙」
「…………あん?」
「捨ててくるから、ついでに」
「……ああ」
小さなてのひらが彼に向いて、言われたとおりゴミを渡して、指についていたクリームを舐め取っていたところであっという間に目的を達したらしいマリアが帰ってきた。

ちょこんと腰を下ろす、その位置は。
心なしか、席を立つ前よりも彼に近い、ような。
「…………?」

◇◆◇◆◇◆

うららかな陽気、何も宿に戻らなくてもここで日向ぼっこがてら寝てしまいたいと思わせるような、彼にとっては無駄なほどに平和な雰囲気。軽く胃にものを入れたためかそれともこの陽気のせいか、本格的に眠気に襲われてまぶたがなんだかとても重くて、
「――別に、何もないのよ」
……ぽつり、上がった言葉に反応が遅れた。タイミングを逃したせいで何も言い返せずに、ただゆらりと目だけで彼女を見れば、いつもは細い割に大きく見える不敵な女が、今はやけに小さくなっている。
「少なくとも私が自覚している範囲では、何もない。
――悪かったわね、昼寝の時間を削っちゃって」
後半は恐らく、無理に作ったのだろう明るい声で。面倒くさいことがきらいな彼に、それでも無理していると分かりやすい声音で。
――阿呆、といつものように返したなら。それは果たしてこの女の気を軽くするだろうかそれともさらに沈めるだけだろうか。ガラにもなくそんなことを思って、けれどこの陽気に押し寄せる眠気が、思考のほとんどを奪っていく。

「……アルベル?」
「寝る。肩貸せ。……適当に、起こせ……」
「ちょっ……!!」
悲鳴まがいの抗議の声が、きっと反射的に上がったのは聞こえたけれど。だからといって彼の眠気を押し戻すものではなくて、細い肩にがくりと頭を預ける。あわてて身じろぐ身体のせいで居心地のいい場所がなかなか見当たらなくて、それにさえかまっていられないほどに強烈な眠気。
……ひょっとして先ほどのクレープに睡眠薬でも盛られたか……?
阿呆な思考が泡のようにぽかりと浮かんで、それを最後に本格的に眠りに落ちていく。

◇◆◇◆◇◆

他人を気遣う性格はしていない。
自分のことに手一杯で、他の誰かにかまけるだけの余裕は確かにない。
目敏く気付くたちではないし、気付いたところでどうしたらいいのか分からない。
そもそも、彼自身誰かに気遣われるのが苦手でそれから逃げてばかりいるために。自分の経験を判断材料にしようにも、それが叶うほどの積み重ねはない。

ただ、強くてもろいこの青髪の女が弱っているところを、だからと言って見捨てるのも何かが違うと思った。何かが引っかかるから、起きたなら気が向いたなら、もう少し問い詰めようかと思った。

――口元、クリーム付いたままよ。
遠く細く、何か声がする。やわらかな感触が彼に触れて離れて、それはもぞもぞするけれど決して気持ちの悪いものではない。
――ありがとう、アルベル。
聞こえた言葉の意味が分からない。それが何となく、なぜだか、惜しいと思った。

意識はただ、闇の底へ深く深く。
どこか引き攣る想いだけを抱えて、どこまでも深く沈んでいく。

―― End ――
2008/03/23UP
切情100題_so3CP混合_
OFP
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引き攣るこの想いだけを抱えて
[最終修正 - 2024/07/10-16:59]