いや、それはいい。
それでいい。
あらわれたそのフタを、とりあえずあけてみることにする。

―― 雪どけの音色

これどうぞという言葉に振り向いたなら、そこにはきれいに包装された箱があった。それをさしだす翡翠色と目が合ったのは三を数えるのに足りたかどうか、すぐにそれは伏せられると、箱を置き去りにぱたぱたといなくなる。
「……?」
――いったい何ごとだ。
眉を寄せても、もはや彼以外誰もいない部屋に答えなんてわいて出るはずがない。

◇◆◇◆◇◆

どうやら、そういう行事があるらしい。

最近やたらと街に滞在したがる女ども――というか強力に主張するのはたった一名、その主張を聞くとはなしに聞いたならそれくらいの見当はつく。普段おどおどしているのが演技なのかと思うほどに、それとも主張の相手が当人の幼馴染だからなのか、はたから見ていて関わりあいになりたくないくらいの勢いでまくし立てているとなれば、どうしたって気になる。

行事の名前は聞き取れなかった。おそらく特有の名前は、ベンリな機械を通してもどうにもならないなんていつものことなので気にしない。
その起源がどうとかは、聞こえたかもしれないけれど聞き流した。どうでもいい、興味がない。
そしてその中身は。恋人やら夫婦やらの関係にある人間がモノをおくる、とか。それもなぜか菓子、しかもチョコレートというばかげた決まりがあるらしい。菓子が苦手な人間にはどうするのかふと気になったけれど、やぶへびになるのは目に見えていたので黙っていた。
それらを踏まえて。そのチョコレート菓子を作りたいから、街に滞在していたい、という。

――てめえこの事態をどうとらえているんだ平和ボケもいい加減にしろ。
最初に聞いたときはそう思った。うるさくなるのが明らかだったので、結局は聞こえないふりで武器の手入れをしていたけれど。
――しかも恋仲の人間がいるのかこの近辺に。
とも思ったけれど以下略。この女にヘタに口を出すと青髪のパーティリーダーまでもがうざったい。ちなみに意中の相手はこいつだろうとまっさきに思ったけれど、聞きたくもないのに聞こえてくる騒ぎから推測するに、どうやら違うらしい。
――フェイトにはちゃんと義理チョコあげるし!
また新しい単語が出てきた。興味がないふりをしているのでつっこむわけにもいかないけれど。
――だからいいでしょ? ね、決定!
そんな感じで押し切られていた。

◇◆◇◆◇◆

そして宣言どおり、女どもが工房にこもって――クリエイター含め男は完全にしめ出して工房にこもって、丸一日。出てきた女どもの表情から察するに、目当ての物体は何とかできあがったのだろう。多分。
「……なんで俺がんなこと気にしなきゃなんねえんだ」
思わずうっかり声に出ていたそれは、多分パーティリーダーに聞かれた。にやにや笑いながら何ごとか言いかけたのから逃げるように、鍛冶がしたいのだとたった今女どもがはけた工房に入る。
そこは確かに、甘ったるい空気に染まっていた。
チョコレートだけに限らず、菓子類を大量生産でもしたのだろう。そんな空気以外の片付けは完璧だったのが、みごとといってもよかったかもしれない。

◇◆◇◆◇◆

そんな一部大騒ぎがあったのがつい昨日。
そして今日、いま現在。アルベルの手元には売りものと見まごうばかりのキレイに包装ずみの箱がある。手先が器用な女は無駄に凝り性で、なるほど、手作りでもこういうことはするかもしれない。まさかあんな前フリのあげく、これが市販品だったりはしないだろう。

「…………ふん」
とりあえず中身を見てからどうするか決めることにして、箱を手にとってひっくり返して、ぱさりと落ちた一枚のカード。拾い上げるまでもなく、ちょうど表を上に落ちたそれは、そのたった一文がくっきり読み取れる。
――義理です!
……ああ、ぎりちょこ、とはつまり恋人以外の相手に渡すチョコレートのことか。聞いてわからなかったことを文字を見て理解して、けれどそこまで主張されると面白くない。
包装紙を破る勢いで解体する。

全部はぎきったところで、ムキになってどうすると内心の自分ツッコミで我に返った。思わず周囲を見渡す。誰もいない。同時に癖で気配を探っても、やはり何も感じ取れない。
いや、それはいい。
それでいい。
あらわれたそのフタを、とりあえずあけてみることにする。

◇◆◇◆◇◆

「――……おい! あの女はどこだ!?」
「あの女って誰のことだよ。おまえなあ、アルベル。別にべったり仲良くしろなんて無茶言わないけどさ、」
「そ、ソフィア、は、」
「なっ! なんだよおまえの口からその名前が出るなんて思ってなかった、」
「てめえが名前を言えっつったんだろうが!!」

市販の板チョコをかじっていたパーティリーダーが目に入り、ざっとながめたところで他の人間はいなくて、仕方なしに声をかけたらそんなぐだぐだのやりとりに発展した。ひとしきりやりあって互いにうっかり得物に手がかかろうかといういつもの状況、ただし剣のかわりに板チョコを握りしめたリーダーはやれやれと首を振る。
「……さっき僕にこれくれてから、あっちの方に走ってったよ。他のやつにもあげるとかじゃないのか? ……昨日一日工房でなに作ってたんだよあいつ。なんでこんな板チョコなんだ、作ったのを僕にくれないんだ……!
って、無視するなよ! あいつ泣かせたら八回くらい殺すからな!!」
「――どんな流れだ、つか具体的な数字だこのクソ虫が!!」

◇◆◇◆◇◆

言われた角を曲がって、果たしてそこにソフィアがいた。とぼとぼと歩いている。両手には何もない。他の人間に渡すというチョコレートはどこにやったのか。
いや、それはどうでもいい。
「――おい」
投げやりな声にぎっくんと跳ねる肩。あわてて振り向くころにはアルベルも間合いをつめている。身長差から自然見下ろすかたちになって、けれど目が合って一瞬でそれは呆気なくそっぽを向いた。
青筋が立つ。
……ものの、その動きで流れた髪からのぞく耳が染まっているのをみて、面白くない気もちがどこかへ消えた。

「これについて教えろ。
……てめえらは、ぎりちょこ、とやらにこんなこっぱずかしい手のこんだもんを用意するのか」
「それは……!!」
あわてて跳ね上がった顔、これ幸いと細いあごをつまんでにやりと笑う。
丁寧に包装されたその箱の中身、素人目にも手間暇丹精こもったチョコレート。
それを義理と言い捨て逃げた理由を訊き出すまで、逃がすつもりは毛頭ない。

そして、多分。
別に敵対しているつもりもないけれど、今はどこかよそよそしいこの女との関係は。
多分この疑問を解消したなら、雪どけよろしく大きく変わる、――そんな確信がある。

―― End ――
2009/02/12UP
雰囲気的な言葉の欠片:雪月花_so3CP混合_
OFP
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雪どけの音色
[最終修正 - 2024/06/17-13:16]