中てられた結果気分は浮ついたものの、壊滅的に苦手とは思わないまでも、得意なんて逆さにふってもいえない技量は――当然、浮ついた気分にともなったりするはずがなかったけれど。

―― 月を追いかけて

「……どうしてよ」
思わずうめいたマリアの目の前にあるのは、原材料・チョコレート……の、残骸だった。別に喰い散らかしたわけではなくて、製作に失敗した、という意味で。
ちらりと時計を確認する。予定していた時刻はもうとっくに過ぎていて、遅くなってもこの時間までと決めたリミットまでもう間もない。気を取り直して今から新しく同じものを作りなおすだけの猶予は、明らかになかった。
「簡単だって、聞いたのに……そう思ったのに、なんでこうなるのよ……」
うめいても都合のいい奇跡なんて起きるはずがなかったし、仮にそんなものが起きたところで、自力で成し遂げなかったそんな奇跡を喜ぶ性分でもない。
あきらめ悪くもう一度時計を確認する。見た瞬間にかちりと針が動いたことさえ、今はうらめしい。
――目当てのものを作りなおす時間はない。けれど他の、よほど簡単なものなら……あるいは?

悩んでいる時間さえおしくて、マリアは本日何回まわったかも分からないシンクまわりをさらに回り込んだ。新しく材料を持ってきて、先ほど使った用具を洗いなおすよりも、用具入れから新しい道具を取り出し材料の横に置く。
……これ、時間がなくなったからって片付けをしないで帰ったら、明日クリエイターたちにどれだけ文句を言われるかしら。
そんなことを考えて、ずいぶん余裕があるじゃないと内心自分をあざ笑う。

◇◆◇◆◇◆

バレンタインが近いらしい。

思いあたって、そんな平和なイベントにかまけている暇はないのにと痛みはじめたこめかみに指を当てる。喉元に鋭い刃物を突きつけられた今の状況を、果たしてこの娘は正確に理解しているのだろうか。
ここ数日強力にパーティリーダーを説得していた乙女全開の娘は、説得に成功した娘は、マリアの頭痛にきっと確実に微塵も気付かずに、全開の笑顔で市場に乗り込んだ。そしてそこにあった在庫を全部根こそぎかっさらったのではという勢いで、大量の加工前調理用チョコレートを買い付け意気揚々と帰ってきた――街への数日滞在を決めたリーダーにそれらを全部持たせて。
いっそそこまでイベントに浸ることができるなら、きっとそれ以上幸せなことはないのだろう。バレンタインという恋人専用のイベントに限らず、ヒトにもモノにも限らず、常にどうしても醒めているマリアには、それだけ夢中になれることがいっそうらやましい。
頭痛が一回りして無敵の幸せにあやかりたくなって、今さらマリアがどうごねても出発を前倒しできないことがわかりきっているのもあって、男性陣を出入り禁止にした工房に乗り込んで。手際よく次々完成品を量産する娘のかたわらで、慣れないながらもスイーツ作りに乗り出すことにした。

バレンタイン。
起源は伝説レベルの大昔に、結婚を禁じた王にかくれて式をとりおこなっていた神官が殺された日、だったはず。そのときの神官が後に聖人扱いされて、それらが転じて恋人の日になったとか。
どう転じたらそんなアクロバットな理論が展開されるのかマリアには理解できないけれど、多分イベントを楽しむのにそんな知識はなくていいのだろう。
もともと料理が好きでしかも得意な娘が、いつにも増して嬉しそうに乙女全開で手を動かす様子はいっそ圧倒される。男性陣を締め出したりしないで、意中の相手の目の前で作ればいいのにとマリアは心底思った。
中てられた結果気分は浮ついたものの、壊滅的に苦手とは思わないまでも、得意なんて逆さにふってもいえない技量は――当然、浮ついた気分にともなったりするはずがなかったけれど。

◇◆◇◆◇◆

なんとかそれがかたちになったのは、連絡もなしにたった一人工房にこもった――というか結果的に居残った――マリアの感覚で、そろそろ養父母たちが心配のあまり彼女を捜しに宿を出るだろうという、自分設定のリミットを若干過ぎたあたりだった。
「……さて」
目の前に散らばる、当初の予定より格段にみすぼらしい完成品に息を吐く。
当然、気の利いたラッピングなんて無理だった。知識も技量もないマリアがそんな欲を張ったなら、確実に日付が変わる。むしろ朝になる。ひょっとしたならせっかくかたちになったチョコレートが、とけて崩れたりするかもしれない。いや、まさかそんなことないけれど。
ともあれ、手近な皿のうちカサのあるものにざらざらとそれらを投げ込む。こんなモノ、要は気持ちだ。もちろんデキが良いにこしたことはないだろうけれど。
キッチンペーパーをなおざりなフタがわりにかぶせて、さて、果たして目当てのあの男はすぐに見つかるだろうか――

「――おい、どんだけのめり込んでいるんだ阿呆」
「っ、きゃあっ」
「…………きゃあ……?」
不意にかけられた声に思わず跳ね上がって、あわてて振り向いた工房の入口。月明かりに逆光になっているのは、きっといつものように不機嫌に顔をしかめたアルベルだった。
皿を持ったままの手のひらにじわりと汗が浮く。まさか、捜す前に捜されるなんて、
「あ、の……アルベル、」
――捜しに来てくれたの?
素直な疑問を素直に口に出せるほど素直な性格はしていない。自分のあげた声に我に返って一瞬息を止めて、何ごともなかったように素直に入口へ移動する。
やはり片付けはする余裕がなかった。明日もう一度ここにきてクリエイターたちにわびよう。関係ないことを思って、焦っている自分と、冷静なふりをしている自分に同時に気付く。
「すっかり遅くなっちゃったわ」
「なんか連絡するとかしろ。でかい図体がロビーに居座って延々貧乏揺すりとかしやがって、通りがかっただけの俺が文句言われる筋合がどこにある」
「ああ、クリフね。……心配かけて悪かったと思うけど、信用ないのね私」
「面倒ごとに素直に負けてる女に育てたつもりかあのクソ虫」

養父をダシに馬鹿げた会話がいきかって、本当は手に持つこれをいつどう押し付けるかマリアは必死に考えていた。
バレンタインの行事は、この街に来る前の一連の騒動を知っていればいやでもわかっているはずだった。互いに憎からず想っているのが互いに知れているわけで、多分何気なく渡して拒絶されることはない。
わかっていても、勇気が足りない。
――どうやったら、自然にこれを、

「……それよこせ」
「え、あ……!」
回らない頭が立てかけた計画を全部キレイにぶち壊して、鋭い風に皿をさらわれた。いや、洒落などではなくて。
「酒は中途半端だわなんだかんだうろつきまわるハメになるわ、……全部おまえのせいだろうが」
「――……そっ、……そうねっていうのはなんだか抵抗があるけど。いいわ、あげる。
味の保証はしないけど」
「……毒でも入れたのか」
「自覚はないわ。……でも、味見する余裕もなかったから」

◇◆◇◆◇◆

月明かりに照らされた街、通りに二人以外の人影はない。行儀悪く遠慮なくひとつをつまんで口に放り込んだアルベルが一瞬微妙に動きを止めて、他に見るモノがないからアルベルに注目していたマリアがそれに気付かないはずがない。
――いやな予感がした。
思わずのばした手は、けれど皿に届かない。動きが復活してからは異様にハイペースに皿を片していくアルベルが、マリアが何度手をのばしても実にさりげなくそれをいなしてしまう。

「ちょっと、無理して食べるくらいなら返しなさい!!」
「好きで喰ってんだ、黙ってろ」
「おなかこわしたらどうするのよ!」
「喰いもんだろうがおまえが作った。本気で毒でも入れたってのか?」
「入れてないわよ!! でもチョコなんて今ならソフィアが作ったプロ顔負けのがいくらでもあるでしょう!? わざわざこんなまずいもの食べなくていいって言ってるの!」
「俺が好きで喰ってる、つってんだろこの阿呆!!」

決して追いつけない月のように、マリアの手をかいくぐる男。逆にこれだけあからさまに逃げられたなら、時間ぎりぎりで作ったそれが、どれだけ失敗作だったのかがよく分かる。そんな失敗作をひとつ残らず食べようとしてくれている、アルベルの、マリアの想い人の、わかりにくい上にひねくれたやさしさまでもがよくわかる。
――手作りなんて背伸びするんじゃなかった。
――だって、嬉しいのに悔しい。申しわけない。
「……アルベル!!」

不意にくちびるに甘さが走った。一瞬だけ触れて、重なって、けれど次の瞬間に離れたぬくもりの正体が、わからないはずがなかった。
甘い感覚だけがそこに居残って、かあぁっ、熱くなったのは頭だろうか身体だろうか。
失敗作のチョコレートにいっそパニックに陥りかけていた頭が、別の意味でパニックを起こす。――そんなことわかりたくないのに。

……月の蒼い光は、耳まで染めた赤を果たしてどれだけ隠してくれるだろうか。

―― End ――
2009/02/13UP
雰囲気的な言葉の欠片:雪月花_so3CP混合_
OFP
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月を追いかけて
[最終修正 - 2024/06/17-13:17]