ただ贈りたいと思っただけで、自己満足だってわかっていて、
受け取ってくれたならそれだけで喜べたのに。

―― 涼やかに鳴り響く

「♪」
足取り軽く鼻歌まで混じりつつ、ジャックは街を小走りに流していた。
懐には、ずっしりとまではいかないものの存在をかみしめることができるくらいには重さがある、硬貨のはいった小さな皮袋。ちゃんと自力で稼いだ、自分のために使うことができる、自分のお金。
ぎりぎりで受かったはずの騎士試験、けれど結局城から出ることになって、なんとか新しい職も見つけて、それからしばらく経っていた。
物々交換ばかりだった村と違って、この町ではお金がないと何もできない。
それ以上に、自分が働いてその報酬としてお金を受け取るのは嬉しい。人の役に立った、その証明みたいなものに思えて誇らしい。
だから浮かれた気分で何かないかなとなじみの店を回って、だんだん治安のよくないあたりに流れていって、もちろんそこらをうろついているタチのよろしくないやつらにうっかりその財布をスられたりしないように注意はおこたらないで、結局何も買わないまま店主の恨めしげな視線で見送られながら店を出て、

――……、
「ん?」
何か、音が聞こえた。くるりと周りを見渡しても何もなくて、なのに確かに音が聞こえたと思う。かすかな、涼やかな音。どこかで聞いたことがあるような、けれどそれと似ているようでまったく違うような。
金と、緑と、淡紅色と、
やわらかでしなやかで、でも強い。
「……リドリー……?」
音から連想していって、ぽつりとつぶやいた自分の声に自分であきれる。
これでも短期間とはいえ騎士――の見習いだったわけで。城の人間のタイムスケジュールくらい把握している。城から出た自分と入れ違いに団長になった彼女は、あのころとは違うタイムスケジュールをこなしているかもしれないし、なんだったら突発任務でどこかに駆り出されているかもしれないけれど。
間違っても、街の影の部分、こんなところに彼女が来るなんてそんなことありえない。
――ああ、でも。
芋づるはそのまま進んで、ふと思い出したことに苦笑する。

◇◆◇◆◇◆

この前の、騎士見習いとしての最後の任務のとき。エルフの集落――それがライトだったダークだったかさえおぼろげだけれど、そこに向かう途中で道を行くモンスター相手に大立ち回りをやらかして、調子に乗りすぎてジャックは怪我をした。放っておいてもかまわないくらいの、けれどそのままにしておくといつまでもぴりぴりじくじく痛い、そんな切り傷と擦り傷と打ち身。
まあ、自分が悪かったのはわかりきっていたので、しかたがないよなあとか思いながら歩いていて。
いきなり後ろのほうから腕をつかまれてびっくりした。
振り向いたら呆れ満載の眉間にしわを寄せたもう一人の騎士見習いの顔があった。
確か、旅の連れは前のほうを歩いていて、そんな自分たちには気付かないようで。
なぜそんなことを覚えているのか、自分でもよく分からないけれど。
「……そのまま放置するな。見ていて気になる」
「やー、だってさ? 自分でもバカやったって分かってるし、ほら、何も薬とか持ってないしそういうの使うほどの重症でもないしさ」
はあ、……重苦しい息が吐き出されて、ほっとけよと唇を尖らせた。戦いに影響するほどの大怪我ではないし、どうせまた何かと戦うだろう。いよいよまずいと思ったならその時まとめてどうにかすればいいだろうし、ほらアレだ、たまには反省したほうがいいって姉ちゃんにもよく怒られていたし。
もごもごとつぶやいていると、ぐいっとさらに強く、そういえば捕まったままの腕を引っ張られた。見事に傷にひびいて、何でもないわけではないのでさすがに痛い。しかも不意打ちを食らったので、うっかり顔を引きつらせてというか小さく悲鳴まで上げたかもしれない。文句を言おうとしたところで、淡紅の色が何か動いて、きゅっとその腕が圧迫された感じがして、
「……え?」
「わたしの自己満足だ、あとで解いておけばいい。あとで、だぞ」
どこから取り出したのだろう、準備よく用意していたらしい彼女の包帯が痛む箇所を覆っていた。何だっけ、応急処置とかいうのだろうか。なるほど、放置しておくよりもだいぶ痛みがマシになる。
「さんきゅな、リドリー」
「気が向いただけだからな! 次があるとか思うなよ!! ――あと、おまえにそんなこと思いつくとは思えないが、洗ったからって包帯返しに来るな」
「……お礼くらい言われとけよー。減るもんじゃないし」
「……いや、何かが減る。絶対に減る。そんな気がする。――行くぞ、ちょっと遅れてる」

◇◆◇◆◇◆

ほんの少し前のことだったはずなのに、だいぶ昔な気がする。
それが懐かしくて、少し淋しくて、口元が小さく笑う。
あれから何度か戦いを経験して、今の自分ならあのときの彼女と同レベルくらいの応急処置は身につけたとジャックは思う。たぶん。まあ、医師などから正式なものを習っただろうリドリーと比べて、ジャックの場合は実践たたき上げもいいところだけれど。自分の応急処置をみたなら、絶対また何か文句言われるんだろうなと簡単に想像つくけれど。
ああ、なんだ。ただかすかな音が聞こえただけで、すっかり記憶の奥底に追いやっていたらしい彼女がこんなにも鮮明に浮かび上がる。
「……でもなんだったんだ?」
もう一度聞こえないかな、移動すれば聞こえるかな。
きょろきょろと周囲を見渡して、あらジャック、迷子にでもなった? などと通りすがりの女盗賊にからかわれて、そんなんじゃないぜと首を降って、
――……
――聞こえた。
見慣れない露天商がそんなところにいたのにはじめて気が付いた。売っているものはといえば、ジャックの目にさえ安物と分かるちゃちなアクセサリー。客になりそうなジャックを目敏く見つけたのか露天商はうつむきがちだった顔を上げて、自分よりも幼い顔立ちはひょっとしてこの露天商手作りのアクセサリーなのかな、なんてことを思わせる。
「いらっしゃい、お、お客さん?」
「ちょっと物色してから決める」
「そ、そう……ゆっくりみていってね」
これがおばちゃんならそのまま世間話さえはじまりそうだったけれど、露天商は言うだけいうとまたうつむいてしまった。これじゃあ商売にならないんじゃないか、などと思いながら広げられているアクセサリーを眺めて、そうだ、あの音の正体はこれのどれかなのだろうか。
思って今度はちゃんと探すつもりでじっくり眺めていって、ああ、

◇◆◇◆◇◆

「……リドリー!」
「じ、ジャック……おまえ、おい、そんなところから声かけて、」
「これやるよ、いつかのお礼! ちゃんと受け取れよー!!」
「これって何だって……バカおまえ何投げつけるんだ!?」
城の人間のタイムスケジュール及び城内地図を頭に思い浮かべて。見事見つけ出したリドリーは、あのころよりもなんだかずいぶん違って見えた。けれど何も違っていないようにも見えた。
なんだか一気に照れくさくなって、ろくに彼女の姿も確認しないまま。先ほど買ったばかりのそれを、小さな紙袋ごと、ちょっと高さと距離があるのをがんばって投げつける。
「じゃあな! 今度またゆっくり来るかも!!」
「……おい……!?」
用件がすめば、さすがに城は警備が厳しくて元関係者は単なる不審人物で、さっさと逃げ帰らなければならない。何ごとかいいかけたリドリーの言葉をゆっくり聞いている暇なんてなくて、歩兵の近づくがちゃがちゃいう鎧の音にあわてて駆け出して、
ふと振り返ったなら、
紙袋をさっそくあけて確かめたらしいリドリーが跳ねるように顔を上げたのが同じタイミングで。

ただ贈りたいと思っただけで、自己満足だってわかっていて、それを見つけたときに、けれどリドリーに今すぐ渡したいと思って。
受け取ってくれたならそれだけで喜べたのに。
実際、逃げ帰る足取りはずいぶん軽いものに違いなくて、
けれどそれ以上に。
驚きがいつもの無表情を破って、その下に見えたリドリーの彼女らしい表情になぜかこころがはねた。名残惜しいけれど、軽い足取り。跳ね上がったままのこころ。ふわりと頬を染めた、驚いたリドリーの顔がなぜだかこんなにも鮮明に脳裏に焼き付いているのだろう。

◇◆◇◆◇◆

涼やかでしなやかで、やわらかくて強い、金と緑と淡紅色の彼女に贈ったのは。
安物でちゃちとわかりきっているけれど、音だけはきれいだった、小さな鈴の付いたリボン。

見つけたとき、彼女に贈りたいと思った。
喜んでくれなくてもいい、いや、贈ったあとの彼女の反応のことなんて何も考えていなかったのに。
叫びだしたいようなむずがゆいような、こころの高揚に駆けているはずがまるで踊っているようで。記憶の奥底に追いやっていた彼女は、今では接点さえなくなった、一緒に行動していた時間なんてほんの少しの――家族は、今でのジャックのこころにしっかりと居場所を確保していて。
それをなんだか思い知って、ああ、やはり踊るような足取りはしばらく止まりそうにない。

―― End ――
2009/03/10UP
雰囲気的な5つの詞:玲_ジャンル・CP混合_
OFP
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涼やかに鳴り響く
[最終修正 - 2024/06/17-13:19]