守れない約束なんてしない、誓いを立てる神なんていない。
だからただ、きみに願う。
どうか。

―― 忘れてしまった音色

「……ったく、世界創造だとか威張りくさるならまず平坦な道作れっての」
少し前には仲間だと思っていた、実際にはこの騒ぎの元凶――はオーディンなので演出をした魔術師、の創り出した塔というか世界に足を踏み入れて。ルーファスはまずまっさきにぼやいた。ぼやいたものの歩きはじめてしばらく、各階だか各層だかによっていろいろありえない風景を閉じ込めた歪んだ世界に悪酔いしたようで、それだけではないだろう、むかむかいらいらと落ち着きなく髪をかきむしる。

「ルーファス……少し休憩しませんか?」
「そ、そうだな! ええと、」
「アリューゼに適当な場所を用意してもらって、ブラムスに周囲の敵を探ってもらっています。ヴァルキリー二人には、ちょっと、声かけづらくて……」
「そうか。……もっと早く気付けばよかったな、ごめんな」
「いいえ、ここはその、少し……落ち着きませんから」
噛み付くように歩いていて、置き去りとはいかないまでも一行よりだいぶ前にいたらしい。駆け寄ってきたアリーシャが、困ったような、もはや見慣れたいつもの笑みを浮かべる。さらりと長い髪が流れる。
「なんか頭に血ぃのぼってたみたいだな……」
「……本当は、休憩なんてしないで一気に進めたらいいんですけど」
いいながら、今度は意識してゆっくり歩けば隣にアリーシャが並ぶ。もちろん敵が出たなら戦うことができるだけの余裕を残しつつ、けれど歩調に合わせるようにのんびりと、なんでもない会話が行きかって。

◇◆◇◆◇◆

ふと、瓦礫だらけの足元への注意が散漫になっていたらしい。
「き、ゃ、」
「おっと」
すっころびかけたアリーシャを、あわてて手をのばしたルーファスが支えた。実はドジな特性でもあるのか、それとも幽閉されていたから歩きなれていないのか、よく転びかける彼女はいつものことなので、支えるルーファスにはだいぶ慣れてきた感がある。
「ご、ごめんなさい……」
「いつも言ってるだろ? 気にすんなよ」
小さくなるアリーシャにおなじみの言葉がいってかえって、大丈夫ですからとあわてたアリーシャが別の瓦礫に足を取られた。慣れてきたとはいってもまさか連続で転びかけると思っていなかったため、二回目は支えきることができずに二人して地面に転がった。
一応、アリーシャをかばいながら、と付け加えられるだろう自分をちょっと誉めたい。
まあ、ルーファスを下敷きにしたアリーシャは気の毒なくらいあわてたわけで、むしろ申し訳なくなったりしたわけだけれど。

「ごっ! ごめんなさいルーファス、あの、痛かったりしませんか変なところ打ったりとかは、」
「平気へいき、別にどこか打って怪我したとかないし。オレが好きできみをかばっただけだから、気にすんなよ。むしろ頼むから」
「は、はい……すみません。ルーファス」
「だから……」
口癖のように、けれど本当にこころから謝る少女をいったいどうしたらいいのか。
謝ってほしいわけではない、感謝してもらいたいのも少し違う。そうしたくてやったことを、ただ認めてほしいだけかもしれない。
哀しい顔をみたくない、微笑んでもらいたい、そんな気持ちかもしれない。

◇◆◇◆◇◆

彼に、彼女は彼女自身の生命をくれた。
人間としては死ぬことになるグールパウダーを、ためらったルーファスを叱りつけてさえ飲み下した、あのときに。
彼に、彼女は彼自身の生命をくれた。
魔術師の策略で身体から追い出され、実質死んだ彼の魂を、受け止め、受け入れてくれた、あのときに。

恩に報いたい、とはきっと違う。そういうかたくて生真面目な理由ではない。
ただ。ただでさえ危なっかしくて目を離すのが怖かった、けれどそれだけではなくて憎からず思っている娘を守る理由は、確実に増えた。
守りたい、護らせてほしい。身体の怪我は彼が盾になる、心の傷からも護る方法があるなら、この身を削ってもかまわない。あのときもらった生命を、それに見合う何かを返したい。本当の幸せを知らないアリーシャに淋しい微笑しか知らない彼女に、たとえば幸せを渡せるなら、きっと彼はなんだってする。
彼女がこころから微笑んでくれるなら、ああ、そうだ。たとえばこの塔を創った狂気の魔術師のその狂気さえ、本当はルーファスには少しだけ理解できるかもしれない。願う唯一をなりふりかまわず求める気持ちを、本当は分かるかもしれない。

どうか、どうか、どうか。
――未来を手放した彼女に、願う。

◇◆◇◆◇◆

「……で、そろそろどいてくれないか」
「きゃあ!!」
瞬時に真っ赤になったアリーシャは、あわてて乗っかっていたルーファスからとびのいた。もしやまたもや、と本当は少し心配したけれど、幸い今度は大丈夫なようで、起き上がり立ち上がると服に付いたほこりを叩いて払い落とす。
「行こうぜ、向こうにアリューゼとかがいるんだろう?」
「……え、ええ……わたしたち、呼ばれたりしていませんよね。戦いの音とかはありませんでしたよね?」
「んー……気付かなかった。はずだ」

また転ばれるのは困るから、とそんないいわけでつかまえたアリーシャの手は、いつものようにやわらかくてすべすべしていて、そして冷たかった。あたためてあたたまるかわからなかったけれど、それをアリーシャがあたたかいと思うのかはわからなかったけれど、きゅっといつもよりも少しだけ強く握れば、驚きに一瞬跳ね上がった彼女の顔に、ほんのかすかに、けれど見慣れないほうの笑顔がかすめた。
嬉しくて跳ね上がったこころを気付かれないように、さりげなく視線を彼女から外す。身体の熱全部を渡してもいいのにと思いながら、握る強さはそのままに少しだけ手をすべらせて、少しでも触れる面積を増やそうと足掻いてみる。

◇◆◇◆◇◆

あのとき生命をもらったかわりに、護りたいと思う。
きみ自身を、きみの笑顔を。

守れない約束なんてしない、誓いを立てる神なんていない。
だからただ、きみに願う。
そばにいさせてほしい、微笑んでいてほしい。どうか。

声を上げて笑ってくれたことがあっただろうか。たぶんあっただろう、あってほしい。
――けれど結局は忘れてしまって、今では思い出せないきみの音色を。
また聞くことができればいいと、本当に思っている。

未来のないきみにそれを直接願うのは、きっときみを苦しめるから。
声には出せないけれど。
――どうか。

―― End ――
2009/03/12UP
雰囲気的な5つの詞:玲_ジャンル・CP混合_
OFP
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忘れてしまった音色
[最終修正 - 2024/06/17-13:19]