おムスビをもって、のんびり歩いて、
またあの日々がくればいい、いや、あの日々を取り戻すんだ。

―― 見果てぬ日々は静かに

「ラティ、ちょっと起きてよ!」
「んー……」
「明日は朝イチで町を出るっていってたじゃない! もう、お陽さまずいぶん昇っちゃったよ!!」
「……んー……」
「…………グラビティ、」
「――いや、朝からソレはきついからやめてください」
「起きたわね?」
「起きたよ。……起きたから」
「ならよし。ラティの仕度すんだら出発しましょう」
「……え、オレの朝食は……」
「食べてる時間分寝てたいってロニキスさんに言ったんでしょ?」
「…………えー……」

◇◆◇◆◇◆

そんな感じで空腹を抱えて歩くのは、思っていたよりもずいぶんしんどかった。こんな状態では敵が出ても戦えないんじゃないかと心配して、まさしくそのタイミングでそこいらの雑魚モンスターとの戦闘がはじまり、意外と空腹でも戦える自分を発見した。
ただし、戦闘が終わったあとの虚脱感とかそういうものは、通常の比ではなかった。
連戦になっていたなら、手になじんだ剣さえ持ち上げられなかったかもしれない。冗談抜きに剣の重さに力の入らない手がぷるぷるして、鞘になかなか剣が収まらない。まさかそんな情けないところ誰にも見つかりたくなくて苦労してこそこそ剣を収めて、他のメンバーの怪我を看ていたミリーがそのタイミングでラティに近寄ってきた。
「ラティは怪我は?」
「それは平気だよ。負っててもかすり傷で、ミリーの呪紋はあとにとっとけよ」
むしろこの空腹をどうにかしてほしい。しかし自業自得に違いないのでそんなことはおくびにも出さない。
出さなかったつもりなのに、はい、と目の前に突き出されたのはおムスビだった。具は分からない。けれど空腹の目の前に突き出されたソレは、普段の何倍も美味しそうに見える。
「……ええと、別にこれ食べなきゃいけないほど大怪我負ってはいないけど」
「でもおなかすいてるでしょ? ラティってば律儀なんだから。起きてから水さえ飲んでないの、知ってるからね」
――だから、はいどうぞ。これなら歩きながらでも食べられるでしょ? 行儀は悪いけど。
ぐるりと周囲を見れば、出発はまだ先らしい。術士などが特に飲みものなど飲んでいるようで、いや、若干名アルコール好きな面子がここぞとばかりに酒盛りしているようにも見えるけれど、ともあれ、もうしばらくはノンビリしていられる。
なのでありがたく、空腹のあまりちょっとふるえている手でおムスビを受け取り、適当な岩のあたりまで歩いて行くとそこに腰を下ろした。ひざにおムスビを置いて、いただきますと真剣に手を合わせる。ふと脇に生まれた気配に目を向けたならミリーがそこにいて、なんだかにこにこ笑っていた。
――ああ、そうだ。
「ありがとうな、ミリー。いただきます」
「はいはい、めしあがれ。ホイコーローじゃなくてごめんね?」
「いや、寝坊したのはオレが悪かったし」

そうしてかぶりついたおムスビは、今まで食べたどのおムスビよりも確実に美味しかった。むしろ好物をホイコーローからこれに変えてもいいかもとかさえ思った。具体的にどう美味しいなんて考える余裕さえない。美味しいと思うだけで頭がいっぱいになり、ガツガツと口が動いて、気がつけば手にはもう何も残っていなかった。
指にくっついた米粒を舐めとっていると、くすくすとまたもミリーが笑った。ひょっとしてずっと笑っていたかもしれない。笑いながら、ラティがおムスビにかぶりついているのを見ていたかもしれない。
ラティの意識はおムスビに集中していて、そんなミリーに気をくばる余裕はまったくなかったけれど。

◇◆◇◆◇◆

「はー、人心地ついた気がする……ごちそうさま」
「おそまつさまでした。うん、それだけ夢中になって食べてくれると見ている方も嬉しいな」
「どうせならもっと味わいたかったけどな……美味しいとは思ったけど、具がなんだったか全然わからなかったし」
「もう、ラティったらそこまで一生懸命食べてたんだ!」
声を上げてミリーが笑って、つられてラティも笑って、つい先ほどまで戦っていたのにここはずいぶんおだやかに時間が流れているような気がする。
天気はいいし、風はやさしい。ちらほら小さな花が咲いていて、太陽はぽかぽかと陽気で。
「まるでピクニックみたいね。ほら、前にドーンと三人で出かけたじゃない」
「ああ、帰りにはしゃいだミリーが川に落ちて大騒ぎしたアレか?」
「もう! 落ちたのはドーン!!」
「ああ、そうか。……ふざけたあいつにミリーが怒って、川に突き落としたんだったっけ」
「……そんなこと覚えてなくていいのに」
「あははははは」

あのころとまるで同じようでいて、けれどまったく違う今。
あの小さな村での箱庭のような生活は、どれだけ平和だったのだろう。
毎日が退屈なくらい何も起きなくて、けれどそれがどれだけ貴重なことなのか。いつでも当たり前のようにそばにいた彼女の存在が、実はまったく当たり前ではないこと。
過去に飛んで彼女とはなれて、そういうことにはじめて気がついた。思い知った。
あの村で平和に暮らしていることは、気づきさえしなかったのに。

◇◆◇◆◇◆

「……ミリー、あの花、クラトスに咲いてたのと同じじゃないか?」
「え? ……あ、ホントだ。ラティよく気付いたね」
三百年前に飛んで、同じ世界は、けれど同じだからこそいろいろと違った。町の名前から、そしてもっと小さなことまで。
たとえばちっぽけな花ひとつとっても、色が違ったり香りが少し違ったり葉のかたちが違ったり、それは、シンカというものかもしれない。ちっぽけな花だからこそ、生きていくために三百年をかけて自分を変えていったのかもしれない。理屈は分かるけれど、分かるようになったけれど、気づいてしまったそれは少し淋しいものだった。
だからこそ、どんなに些細なことでも三百年後の故郷にあったものと同じものは嬉しい。そして、その些細な嬉しさを共有することができるのは故郷が同じミリーしかいない。一緒に飛んだといっても、聖域から来た二人には分からない。
――ここにドーンがいたらよかったのにな。
あいつがまたふざけて、きっとミリーが怒って、ラティが笑ってつられて二人も笑って、またあの日々がくればいい。三百年の時代の流れが花の違いを彼に突きつけても、ひょっとしたらあの時代の他の場所に、同じで違う何かがあるのかもしれない。

箱庭のような世界しか知らなかった自分。
あの時代に戻ったら、村ひとつ全滅させた病を治したら、今度は三人で旅に出てもいいかもしれない。おムスビをもって、のんびり歩いて、世界をいろいろ見回ってもいいかもしれない。
またあの日々がくればいい、いや、あの日々を取り戻すんだ。

◇◆◇◆◇◆

仲間たちを振り返れば、休憩はちょうどそろそろきり上げるところだった。ミリーをつついてさあ行こうと促して、まだ笑っているミリーが、ラティおべんとくっつけてるよと彼の口元から米粒をさらっていく。
格好つけたのが一気に台なしになった。けれどそれが、ひょっとしたら自分らしいのかもしれない。
見果てぬ日々は静かに積み重なっていく。平穏だったあの日に、そして必ずつながっていく。今踏み出した一歩は。過去にも未来にもつながっているんだ。

―― End ――
2009/03/13UP
雰囲気的な5つの詞:玲_ジャンル・CP混合_
OFP
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見果てぬ日々は静かに
[最終修正 - 2024/06/17-13:20]