情けない自分もなにもできない自分も、もちろんいい風に変えていきたいけれど、
ありかなと思って。

―― そうして笑う君の、

オーブンから慎重に取り出したものは、たぶん何とかソレっぽくなっていた。ただし、変にそっくりかえっていて見た目がなんだかおかしい。
それで何気なく、むしろなにも考えずに手が出たのがまずかった。
「……あっっぢいぃぃぃっ!?」
それはそうだ、なにしろたった今までオーブンで加熱していたわけだから。むしろこれでキンキンに冷えていたならどんな譜術なんだと思う。いや、落ち着いた今ならそう思うことができる。
とりあえずその時はなにも考えられず盛大に悲鳴を上げて、熱源に触れた手をぶん回していた。無意識に動いた腕は後でまとめて片付けようと積み上げていた道具類にぶつかり、無遠慮なパンチ未満を喰らった不安定なそれらは当然、
崩れる。盛大な音を上げて。
「ルーク!?」
彼の悲鳴にかそれとも道具類が崩れ落ちた音にか。あわてて飛び込んできたティアと、そして目があった。
表情の選択に迷って、とりあえずへらりと笑みを浮かべた。

◇◆◇◆◇◆

「もう、ルーク。いったい何をやっているの」
「う……」
細い手が彼の手首を押さえつけて、冷たい水の中に突っ込ませる。軽く負ったやけどの治療の一環だとわかっているので特に抵抗もしないで、というか間近いティアに緊張して硬直して、されるがままになっているルークはティアの呆れた声になにも返せない。
現在地、キッチン。
床には使い倒した道具類が散らばり、それにくっついていたというかそれを汚していた粉やら生地やら水やら油やらミルクやらその他が飛び散り、かなり凄惨な状況になっている。通常ならそちらに注意を払うティアの意識は今、軽いとはいえ怪我を負ったルークに集中していて、それが情けないというか、その半面彼女の意識を独り占めできることはなんだか優越感というか。
「何をしていたの」
「……ええと」
「ルーク」
彼女に名前を呼ばれると弱い自分は自覚している。というか、ティアの絡む全般にまるで弱い自分は自覚している。最初は誤魔化すつもりだったはずなのに、静かに名前を呼ばれた時点で白旗を上げた自分を、なぜ情けないと思えないのだろう。
「……前」
「え?」
「この前、ケーキ作ってくれただろ。あれ、うまかったからさ。なんか返したくて」
「あ、ありがとう……」
「だからクッキーのレシピをうちのシェフ……パティシエ? から聞いたからさっそく作ろうと思ったんだ。で、こうなった」
「そう……」
ここでようやくティアの手が水からルークの手を引き上げて、大人しくされるままになっていたものの、正直感覚がぼやけつつあった手をわきわきさせてみる。その指先をティアの手がさらっていって、術が必要な傷じゃないわねの一言をもらって、それよりも彼女の手が触れたことでどきりと心臓がはねる。

「肝心なところがすっぽり抜けてたけど、わかったわ」
「たしか天板はひっくり返さなかったと思うんだ。他のは全滅だけど。だから、もちろんおれ味見して確認してからだけど、もしもまともに食べれたらもらってくれねえか?」
「そうね……ここ全部片付けした後にでも、お茶にしましょうか」
「ホントか!?」
「……ウソついてどうなるの」
かなりダメ元で言ってみたのが、けっこうあっさりティアはうなずいた。喜びに思わずガッツポーズを作ったならやけどでちょっと赤くなったところを握りしめてしまって、しみるような痛みに一瞬動きが止まった。が、ともあれ気を取り直して彼女の手をとると、ぶんぶんと激しく上下に振って喜びを伝える。
「じゃあちょっぱやで片付けるから! 待っててくれな!!」
「そこまで喜ばなくても……ああ、どうせだから他のみんなも、」
「いや。ティアと一緒がいい」
きっぱり言い切ってから、自分が何を口走ったかを反芻して固まった。様子がおかしいルークに気付いたのか気付いていないのか、盛大に呆れたらしいティアはやがて肩をすくめて、たぶんわかってくれたんだとは思う。
何をどうわかってくれたかはともかく。
「……だってほら! アニスが来るとイヤってほどダメ出しくらいそうだし、ナタリアにばれたらあいつおれに張り合ってとんでもないもん作りそうだし!! だからってやろー二人なんか呼びたくねーぞおれは。ブタザルもあとでぽろっといらんこと言いふらしそうだからやっぱり、」
「わかったから。……はあ」
「じ、じゃあ片付けするからティアまだ向こうにいろよ! 約束だぞ!!」
「そんなに必死にならなくてもいいから」
あわてふためいたフォローはきっと墓穴を掘った。認識しながらも、やっぱり浮かれてとりあえずティアの肩を押してぐいぐいキッチンから追い出して、振り返ったルークの目が泳ぐ。
ちょっぱやで片付けると言い切ったものの。
――何からどう手をつけたならこの大惨事を回収できるのだろう。

◇◆◇◆◇◆

それでも鼻先にエサをぶら下げられると、人間、けっこうがんばれるものらしい。

絶対半日はかかると思われた片付けも、なんとか数時間でどうにかなった。……後でキッチンのヌシに厭味くらいはくらう覚悟で、とりあえず壊滅的に散らばったキッチンは、雑に散らかったキッチン程度になった。
ルークは思う。この旅で自分はいろいろと成長したもんだと。
――こんな面で成長してもなんだかわびしいけれど。とりあえず。

お茶用にお湯をわかしているうちに、それまでどたばたがっちゃんごっちゃんやかましかったのが静かになったのが気になったのだろう。ティアが顔を出した。ぐるりと見渡して、及第点、かしら……などとつぶやいたのが聞こえて、ルークの疲労も一気に吹き飛ぶ。
でも、と続こうとした言葉はぶちきって、天板ですっかりひえていたクッキーをざらざら皿に移しながら、
「ティア、もう少しだから戻ってていいぜ。んで、ついでにこれ持ってってくれ」
「ごちそうになるんだもの、お茶はわたしが淹れようと思うの。なにか茶葉のリクエスト、ある?」
「ティアの茶なら文句ねえよ。好きなの好きなだけ使ってくれ。……正直、茶葉とかよくしらねえし」
「興味がないことは本当にどうでもいいのね」
呆れた声は、けれど笑いを含んでいたから聞こえないふりをした。ティアに指示された戸棚の茶器を二客、ソーサーは盆の上に、カップはコンロ近くに置く。そろそろ沸きそうだったポットの湯をカップに入れて、それで茶器をあたためるらしい。
作業一つひとつをものめずらしげに眺めるルークに呆れたのか、ティアがふと振り返る。
「ルークのクッキーはもういいんでしょう? ルークこそそれを持って先に行っていて。すぐ淹れて持って行くから」
「……見てたいのに……ま、いっか。わーったよ」
クッキー入りの大皿を抱えて部屋にいく。テーブルにそれを落ち着けて、ふと、両手がふさがった状態ではドアは開けられないことに気がついて、ティアを迎えにキッチンに戻る。
落ち着きがないわね、と呆れた声があって、けれど叱るような声音ではなかったことに安心して、むしろ少し笑みを含んだ声に顔がにやけて、ああ、もうおれ骨の髄までティアにめろめろだよなあとそんなことを自覚する。

けれどそうして笑う君のそばにいられるなら。情けない自分もなにもできない自分も、もちろんいい風に変えていきたいけれど、ありかなと思って。頑として茶器一式を渡さないティアと一戦やりあったものの、なんとか二人、テーブルに落ち着いて、少し遅いお茶会を楽しむことにした。

◇◆◇◆◇◆

結局味見を忘れたルークが、こんがりを通り越して黒っぽくなっていたクッキーにそこではじめて気付いたりだとか。ティアのつまんだそれをさらって口に放りこんで思わず青くなったりだとか。そんなルークに珍しくくすくす声を出して笑いながら、彼の隙をついてクッキーをかじって、ちょっと香ばしいわねとそんな感想を述べたティアだとか。
そんな騒動は、まあ、別の話。
実際、だいぶしっかり火が通りすぎていたにしろ、味自体は悪くなかったわよ、と。片方はこんな失敗作食べさせてなるものかと、片方はせっかくなんだからと、二人してムキになってクッキーを平らげて。食べ過ぎたわねと笑うティアがそんなフォローをして、すっかり意気消沈していたルークがたったそれだけで復活して、その表情及び雰囲気の変化にティアがまた笑ったりだとか。
それもまた、別の話。

―― End ――
2009/03/14UP
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そうして笑う君の、
[最終修正 - 2024/06/17-13:20]