真剣に祈るから。
今までにないくらい、真剣に祈るから。
だから、どうか。
鉢合わせた見覚えのない人間にパニックに陥って逃げ出して、そんな自分を見捨てずに追いかけてきてくれた一行からは、博士のにおいがした。博士のにおいに安心してよくよく一行を見てみたら、どうやら悪人ではないらしい。根拠なんて自分の直感しかなかったけれど、今までそうして生きてきたメリクルは、自分の直感を信頼している。
なので、一行に同行することに決めた。
しばらく会っていない博士の話を聞きたい、という気持ちもあったけれど。
閉じこめられていると、時間の感覚も日にちの感覚もどんどんなくなっていく。だから最後に博士に会ったのはいったいいつだったのか、メリクルにはわからない。けれどそれがいつだったかはわからないけれど、博士が言ったことは覚えている。
――ごめん、どうやらしばらく会いに来れなくなると思う。
――にゃ?
――メリクルを見ていたら、やっぱり今のままじゃいけないなと思ってね。
――……ハカセ?
――ミラに、ちゃんと話してみるよ。今のままじゃいけない、自分たちの力で到達してこその科学だろう、って。
苦しい顔で、それでもどこかさばさばと笑っていた博士。大きな手がゆっくりとメリクルの頭をなでて、それはいつものようにやさしかった。
――多分、今のミラには通じないけれど。彼女を説得するだけの材料もないし、きっとこの研究室を追い出されるんだろうな。
勝ち目のないケンカを売りにいく、とメリクルには聞こえた。どこか頼りない博士をつかみ止めたくて、メリクルの頭をなでていた手をとって、けれど博士はやはり笑っていた。
――本当は、追い出されるついでにメリクルも連れ出せたらいいけど。それはさすがに無理だろうな。
――ハカセ、ハカセ! 無理しなくていいみゃっ!!
――ありがとう、メリクルはやさしいな。だけど、今のままが続く方が私には苦しいんだ。
博士の目が、メリクルの胸元を見る。そこに輝く宝石のような――宝石ではない結晶を。
――これの正体をミラが知ったら、ミラのシンパが知ったら、どんな悲劇が起きるかわからない。
博士はこれの正体がわかっているのだろうか。メリクルがその正体を知っていることを、わかっているのだろうか。
――高エネルギー結晶、あの艦の動力、か。今の私にはそれを調べるのがせいぜいで、だが、これを自力で生み出す科学力があれば、……ミラもああはならなかったのだろうか。
今のミラ以外のミラを、メリクルは知らない。かつてハカセの奥さんだったころのミラを知らない。ひょっとして今とは違っていたのだろうか。そんなこと今まで思いもしなかったけれど。
あんなふうに、どこか怖い、いやなにおいのする人間ではなかったのだろうか。
……そうだったら、いい。
メリクルの大好きな博士が愛した女性は、素敵な人間だったらいい。あんなに怖い人間ではなくて、もっと素晴らしい女性だったらいい。
メリクルの沈黙をどう思ったのだろうか。博士はひとつ、深い息を吐いた。
――情けないな、私は。メリクルを連れ出すこともできない、ちっぽけな石ころひとつ、外に持ち出すことも。
――ハカセは! ……情けなくなんて、ないみゃ……。
――ああ。そうだったらいいな……。
力の抜けたメリクルの手から、博士の手が遠ざかる。それがもう一度メリクルの頭をなでて、思わず顔を上げたなら。いつもと同じ、いつもよりもどこか哀しい、けれどいつにも増してやさしい笑みがあった。
メリクルの大好きな博士の笑顔がそこにあった。
――また会いに来るよ。ここを追い出されたらしばらくは無理だけど、きっと、そのうち。
――ハカセ……。
――だから、メリクルはそれまで元気でいてくれ。次に会うときには、絶対メリクルをここから出す、その算段を整えてくるから。
――……ハカセも!
――うん?
――ハカセも、……元気でいてにゃ! あたしは……ここから出れなくてもハカセがいればいいから。ハカセが、元気なら、それで、
束縛されるのはきらいだけれど、こんなせまい部屋に閉じこめられて、メリクルをいじめる兵士やら科学者やらにちょっかいを出されるのは絶対にいやだけれど、けれど、もっといやなのは。
もしも。どこか危うい今の博士が無茶をして怪我をしたりしたら、メリクルのせいで博士が怪我を負うことになったなら。
その方がずっとずっと、メリクルにはつらい。
流れ星に願いをかける風習が、この地にあるのかメリクルは知らない。けれどどうか、星が流れればいい。今、この上空を流れていればいい。
祈るから。
今までにないくらい、真剣に祈るから。
なんだかいやな予感がする。この予感が博士を巻き込まないなら、メリクルはなんでもする。このいやな予感がメリクルだけに向けばいい。この狭い部屋に押し込まれて、博士が会いに来なくなって、そんなこといくらでも我慢するから。
だから、どうか。
どうか。
「――メリクル?」
「ミャッ! ……今いくにゃ」
閉じこめられていると、時間の感覚も日にちの感覚もどんどんなくなっていく。だから最後に博士に会ったのはいったいいつだったのか、メリクルにはわからない。あれからどれだけの時間が経ったのか、メリクルにはわからない。
突然現れた奇妙な四人組、――一人捕まっているみたいだから、五人、か。
メリクルの目には、彼らが流れ星に見えた。そうだったらいい。四つも流れ星が来てくれたなら、そのうちひとつくらいはメリクルの願いを叶えてくれるだろう。
そうだったらいい。
博士に会いたい。
あのやさしい手で、いつもみたいに頭をなでてほしい。
メリクル、と。
あの声で呼んでくれたなら。
なのにますます、あの時生まれたいやな予感が大きくなる。どんどん大きくなって、メリクルも博士もこの四人も、巻き込みそうな気がする。
気のせいだ、と思う。
全部がうまくいっている。メリクルは自由になって、流れ星みたいな仲間ができて、博士もここにきていて、――全部がうまくいっている。
だから、
――だからどうか。
どうか。
こんな予感なんて、当たらなければいい。当たらないでほしい。
――どうか。
