争いごとは好まないけれど、仲間がいるからいいというわけでもないけれど、予感がする。
予知夢ではないただの感覚は、いいものとも悪いものともわからないけれど、けれど。
あとでいろいろ説明するからまずはこれでも飲んで待ってて、といわれて手渡されたカップの中身を一口すする。外から乗り込んで最初の部屋、中央に置かれたソファにゆったり腰掛けているのはサラとリムルだけで、他のメンバーはなんだかんだとばたばたあわただしい。
出港準備、のようなものだろうとは思う。星の海はもちろんはじめてだけれど、水の海は何度か――片手で足りるくらいではあるものの、体験している。その時も船員たちはなんだかんだと忙しそうだった。多分それと似たようなものだろうと。
「みなさん、大変そうですねえ。わたくしも、何かお手伝いできたらよろしいのですけどもー」
「もう少ししたらのんびりになるのよ。ええと、えるだーのぎじつのおかげでわーぷがずいぶんらくになったからわーぷくうかんにはいればひとあんしん、なのよ」
「……ええと、それは何かの呪紋ですかー?」
「なのよ。たぶん。……れーたんがなんだかぶつぶつつぶやいて、それからいつもにっこりするのよ」
「まあ。にっこりされるならきっと良い呪紋なのですねー。わたくしも覚えたほうがよろしいのでしょうかー」
「でも、覚えて唱えても何も起きないのよ」
「そうですかー、ちょっとがっかりですねえ」
ツッコミ要因がどこにもいないためにのんびりおっとりとボケまくった会話がいきかい、サラは再びカップの中身をすすった。はじめて飲むけれど、さわやかでおいしい。思わず口元がほころんだままリムルに目をやれば、やはりにこにこと――表情はあまり変わっていないけれど雰囲気だけはにこにこと、顔を上げたところだった。
「れーたんは呪紋使いなのよ」
「あらー? 弓を持つ呪紋使いの方ですかー。わたくし、はじめてお会いしますねー」
「ううん、れーたんはそうじゃないのよ。ケンカのときは呪紋を使わないけど、れーたんはすっごい呪紋使いなのよ!」
「ええとー、あれあれあれー? それってなぞなぞですかー??」
「れーたんの手にかかれば、おやさいもおにくもおさかなもこけーなんとかも、なんでもおいしくなるのよ! 呪紋なのよ!!」
「……コケー……に、にわとりさんですかー……?」
「ち、ちがう、のよ。きっと。……そういえばメリたんもお料理じょうずだったのよ。でもれーたんにはかなわないのよ」
「あ、……ああ!! お料理ですかー! なるほどー、お料理も一種の呪紋ですかー、いわれてみましたらそうなのかもしれないですねー」
「なのよー」
きっとリムルなりに気を使っているのか、それとも本人も時間をもてあましているのか、時々途切れる会話はそれでもあっちこっちに脱線しながらだらだらと続く。サラとしては暇つぶしのつもりはまったくないけれど、だらだらと時間はすぎていく。
まだ誰もフライトデッキから出てこない。
そしてぽつりとつぶやいたのは、カップの中身がそろそろからになるころだった。
「みなさんはー、」
「うん?」
「この船のみなさんは、本当に仲がよろしいのですねー」
「そうなのよ? えーたんもれーたんもメリたんもミュリたんも、……フェイズも。みんないいひとで、みんな仲がいいのよ」
「それにリムちゃんもですねー」
「サラたんも、もちろんいいひとなのよ」
「ありがとうございますー」
首をかしげたリムルが、だからどうしたのよ? というようにきょとんとしている。こちらのカップもどうやらからになったようで、陶器製のそれをうっかり落として割ってしまわないように、受け取ってテーブルの中央あたりに押しやりながら、
「タトローイには闘技場がありますからー、ケンカが好きな方も、それを見るのが好きな方も、大勢いらっしゃいましてー」
「うーん、たしかにこわい顔したでっかい人がいっぱいいたかもしれないのよ」
「はいー。でもでもー、みなさんは全然違いますねー。みなさん仲良しなのは良いことですー」
「なのよ。仲良しなのはいいことなのよ」
本当にみんなが仲良しだったなら、あの狂信者は現れなかったのだろうか。自分がさらわれることもなく、――ああ、けれどそうするとエッジは今でも暗い顔のままだったのだろうか。
ちりちりと妙な感じがする。いつもの予知夢とはなんだか違う。
けれど落ち着かない。
「ええとー、とりあえずこのカップを片づけましょうかー。リムちゃん、どこでどうすればいいのかわかりますかー?」
「わかるのよ。……あ、でも。――星が止まったのよ。もうすぐみんなくるのよ」
「星が……?」
いわれてリムルの視線を追って顔を上げたなら、それまで横に流れていた星が、なるほど、確かに止まっていた。アストラルから見上げていた星たちのように、いや、いつもの瞬きもなくただ白々と光っている。
とくり、と自分の鼓動を聞いた。
――はじまった。いや、とっくにはじまっているものに、自分も追いついた、そんな感覚。争いごとは好まないけれど、すでにはじまっているものから目を背けるわけにはいかない。根拠もなく、なぜかそう思う。
「サラたん?」
「――星の海、聖域……」
「うん……ようこそ、なのよ。サラたん。大丈夫、この船のみんなはいいひとだし、やさしいし、たよりになるのよ」
争いごとは好まないけれど、仲間がいるからいいというわけでもないけれど、予感がする。予知夢ではないただの感覚は、いいものとも悪いものともわからないけれど、けれど。
「はい……よろしくお願いいたしますー」
差し出された小さな手を握手のかたちに握ったなら、あたたかかった。
だからきっと、大丈夫。
意味はわからない、けれどそう思う。なぜかそう思って、少しだけこころが浮上する。
そしてどやどやと、フライトデッキから人が出てくる。
