することはわかっている。身体は、重いけれどまだ動く。
だから立ち止まるわけにはいかない。
後悔につかまるわけにはいかない。

―― 八回目の朝

――もうそろそろ彼女はあの人工惑星にたどり着いているだろうか。
ふと思った、そのきっかけはわからない。しかもできのイマイチな弟分ではなくて、黒髪の彼女を思った理由はさらに分からない。

疲れているのだろうか、クロウは口元をゆがめてみた。疲れているだろう。負った怪我は正直かなりつらい。ジリ貧の艦隊戦をなんとかやり過ごしての、今だ。生き残っただけでもそうとう奇跡の部類に入るだろうし、その結果を得るために支払った代償は大きい。
ぼろぼろになったいろいろを何とかしたくて、手っ取り早くEnIIまでワープしたかったのに、航路座標を入力したところで、ぼろぼろになった船の計器はエラーを主張した。通常航行では問題なくても、ワープするには問題があるような損傷。船内で応急処置できるものかどうか見に行こうとしたクロウは、けれどその途中でこんなザマだ。

とりあえず、通路の壁に身体をもたれかけさせる。
自分の身がひどく重くて、そんな自分が不甲斐なくて腹が立つ。

◇◆◇◆◇◆

――エッジ・マーベリック。
――レイミ・サイオンジ。
二人の名前はずっと昔から知っていた。自身の能力を説明された最初に、仲間だと、この二人は自分と同じ立場にいるのだと教えられた。その時からずっと、会ってみたかった。
単なる好奇心、自分が周囲からどう見えるかの判断材料、もしくはもっと別の何か。
ただし会ってみたいといっても、実際は思っていただけで特に自分から何か働きかけることはなかった。それでも、名前だけはずっと覚えていた二人は――気づけば自分の後輩になっていた。
だったらせっかくだしと、軽い気持ちで会いに行ってみたしょっぱな、エッジにはケンカを売られた。もちろんこてんぱんにのして、その時点でレイミの存在は正直ちゃんと把握していない。加減ができるだけの余裕がなくて、ぼろぼろになったエッジを心配して半泣きになって、そんな女の子のことは翌日顔を合わせるまでうっすらとしか覚えていなかった。きっと彼女が女性でなかったなら、存在さえ気づかなかっただろう。

◇◆◇◆◇◆

クロウにとって、この二人はセットだった。
その認識が変わったのは、はじめて出会ってから一週間くらいが経過したある日。エッジをからかうのは面白いし、美少女のそばにいるのは嬉しいしで、なんだかんだと暇な時間があればちょっかいをかけにいくのが日課になりはじめていたころだ。

朝の通学のときで、道の向こうにふと金髪が黒髪から離れていくのが見えた。ざっと眺めやるにSPらしい姿も見えなくて、無用心だなと急いで駆け寄る。レイミは美少女に加えて名門のご令嬢、さらには一般に知られていないものの貴重なフォーチュン・ベイビー。用心は人一倍する必要があるのに。
「おはようございます、クロウさん」
「おはよう。レイミちゃんかわいいんだからさ、ひとりになったら危ないよ」
「エッジもなんだか渋ってましたけど、忘れものしたのは自分の責任だから。クロウさんが来るの、多分見えたんだと思います。すぐ戻ってくるから、って」
「あいつ……そういう目論見あるなら俺が来るの待つべきだろ……」
いつもなら、エッジのそばでなら屈託なく笑っているのに、そのときのレイミの笑顔はなんだか不安そうだった。だから、ああ、やっぱりこの二人はセットじゃないとな、などとはなはだ失礼なことをクロウは思っていて、
「――クロウさんは、知っていますか?」
肝心な部分を省いた、ささやくような質問にひやりと首筋をなでられる。
「ええと、何を?」
動揺したのはほんの一瞬、すぐに立て直して笑顔で無難に返して、けれどレイミは一瞬を見逃さなかった。ふわりと、微笑む。エッジといるときにはまず浮かべない、仮面の笑顔には隙がない。
「エッジは知らないんです。必要がないなら、そのままでいいと思いませんか?」
「――……きみは実はこわい娘だね、レイミちゃん」
「いろいろ鍛えられていますから」
短い言葉に込められたものに、冷たいものがぞくりと背中を這う。

そのタイミングで戻ってきたエッジが、レイミに色目使うな女たらし、とかなんとか突っかかってきたのでそのときのその話はそれで終わった。けれどたったそれだけで、いろいろとクロウは知ったし認識も改まった。
彼女の黒い瞳の奥の、揺れる光に気がついた。

◇◆◇◆◇◆

「……なんで今さら、こんなこと思い出したんだか」
壁にもたれて少し休んで、ふと回想に突入して、そんな自分にツッコミを入れるつもりで声を上げる。かすかに自分の声が反響する、それだけ船内が静かなのだと、それが圧倒的な後悔を呼んで、落ち込みそうになるのを今はそんな暇はないと頭を振って追い出す。
後悔はすべてが終わったあとにすると決めた。一度落ち込んだなら簡単に浮上できるものではないと、知っているから。今はまだ戦いの最中で、そんなことで隙を作って事態を悪い方に転がすわけにはいかない、余計に後悔する要因を抱え込むわけにはいかない。
だから無理にも思考を追い出して、通路に手をついてよたよたと歩きだす。

損壊状況を目視確認して、なんとかなりそうならなんとかして、計器エラーをやり過ごしてワープに入る。ちゃんとした休息は、他にすることがないワープ空間に入ってから。効果の大きな回復アイテムはすでに使い切って他にないから、今はだましだましなんとかするしかない。
するべきことを改めて頭の中にリストアップして、ふと息を吐く。
「――レイミちゃんがここにいてくれたらなあ。美人がいてくれれば、普段は眠ってる底力でも何でも簡単に引き出せるのに」
ああ、だから先ほど彼女のことを思い出したのか、などとばかげたことを思う。弱っている自分を自覚して、虎の子のつもりだったちっぽけなベリーを取り出し噛みしめて、少しだけ力を取り戻す。
「本当はレイミちゃんに、この船の副長になってもらいたかったんだよなあ。けどエッジからレイミちゃん取っちゃうわけにもいかないし、レイミちゃんからエッジ引きはがすのもぞっとしないし。
結果的に、それで良かったんだよな。なあ、副長」
後悔するわけにはいかないから、意識して思い出さないはずだった副長にうっかり話しかけていて、クロウは苦く笑うと通路についていた手をはなした。一度まっすぐに立ち上がって、ゆっくりと歩きだす。
「今度の件で、お前も自分の能力を知ったんだろ、エッジ。だったら今度こそ気がねなくレイミちゃんを口説けるな。仲間はずれにしているみたいな居心地悪いのともおさらばだ。全宇宙にたった三人しかいない超貴重な俺たちの間に、隠しごとがあるってのがずっと引っかかってたんだよな。妙な負い目あるから、あんな美人に育ってくれたレイミちゃん、口説けないし」
声に出してつぶやきながら、たまたま窓にさしかかった。当然のように漆黒の世界に魅入る。
流れていく星たちは光の線にしか見えなくて、いつも、今日もやはり美しかった。宇宙の存続をかけた戦いの最中のはずなのに、こうして眺める宇宙にはかわりがない。
それが、悔しい。けれどどこか安心する。

「――さて、と」
することはわかっている。身体は、重いけれどまだ動く。
だから立ち止まるわけにはいかない。
後悔につかまるわけにはいかない。

振り向いた窓の向こうの宇宙は、やはり美しかった。
その漆黒が、きらめく星の美しさが、やはりレイミを連想させる。
広さと深さと儚さと強さが、なぜだか今は特に、レイミを連想させる。

―― End ――
2009/05/25UP
一から十のお題_so4CP混合_
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八回目の朝
[最終修正 - 2024/06/17-13:23]