この背を追ってきたのだ。
まっすぐに立ってまっすぐに前を見て、いつだって前しか見ない、
この無防備な背中を。

―― 九つの花束を

ばさり、乱暴に地に叩きつけられる花束を見送った。それを投げつけた肩がかすかにふるえているのに気がついたけれど、何も言わずにその背を見ていた。
きっとすぐに、さあ先を急ごうと振り向くだろう彼を知っている。いろいろな想いをかみ砕いて飲み下して消化して、そんな強さを身につけた彼を知っている。だから今は何もいわないで、この背を見ている。
この背を追ってきたのだ。まっすぐに立ってまっすぐに前を見て、ふと思い立って振り向く他は、いつだって前しか見ないこの無防備な背中を。一度は自分を失って丸められたけれど、今はそれを乗り越えてますますまっすぐに立つ、この背を。
それだけを見て、追いすがって、この背を守るだけの力を手に入れるためにあがいてきた。
時おり振り向いて彼女を確認してくれる彼が、どうしようもなく嬉しかった。
たったそれだけですべてが報われていた。
きっと。

レイミは目を伏せる。
目の前に、他にはありえない生きているような大地に突き刺さる船の残骸、翼の部分。
あの戦闘で、乗っていた船がこんな残骸になって、それでも生きているとは思えない。哀しいことに。――もちろん亡くなったとも思えないけれど。今にもいつもの飄々とした笑顔で、よっ、とか何とか明るく出てきたりしそうだけれど。
それでもいい、それがいい。そして道化と笑ってくれればいい。
胸元に、組み合わせた手をぎゅっと押しつける。

◇◆◇◆◇◆

弔い用の花束を、ワープ移動の最中に作った。みんなそれぞれに大切な人を亡くして、こころで全力で悼んで、それだけではなくて何かかたちになるものを、と、弔い用の花束を作った。
作り方は知っている、材料も集めればいい。けれどたくさん作りたいものでもないから、一人一つずつと花束を作って、――それをこんなところでこんな風に捧げることになるなんて、思ってもみなかった。
こんなところで、無言で肩を震わせる彼を見ることになるなんて思ってもみなかった。

なぐさめたい、とは思わない。彼の苦しみ哀しみを、――さすがにすべてわかるわけではないけれど、想像できないわけがない。エッジの性格を知っている、クロウのことを知っている。だからその苦しみ哀しみを想像することができる。――けれど、今のエッジを自分がなぐさめたい、とは思えない。
なぐさめてほしい、とは思わない。クロウとは昔馴染で幼馴染で、こんなことになってレイミだって哀しくないわけがない。亡くなったなんて、こんな残骸を見てもさえ信じられない。怪我のあまり動けなくなっている姿さえ想像できない。今にも翼の影から、表情の選択に困ったあげくの笑顔を浮かべて出てきてくるのではと思って、――けれどその一方で、いくらクロウでもやはりあの中を生き延びられたとは思えない。
哀しい、けれどエッジにそれをなぐさめてもらいたいとはやはり思えない。哀しみは共通で、けれどそれを共有して傷を舐めあいたいとは思わない。エッジ以外の誰かにだってそれは同じで、この哀しみは痛みは自分だけのものだと思う。

それでも、このひとのそばにいたかった。
なぐさめたいわけでもなぐさめてもらいたいわけでもなく、単なる事実として、今、同じ場所にいたい。手をのばせば届くような、この距離にいたい。手をのばしたいわけでものばしてもらいたいわけでもなくて、ただ、この距離をへだててエッジと一緒にいたい。

◇◆◇◆◇◆

この想いは、なんと呼ぶのだろう。
いつからか抱いていて、エッジに対して抱いていて、けれど抱いているのは確かなのに、それをなんと呼べばいいのかわからない。
大切で、好きで、愛している。
それは確かだけれど、それがどれだけ「大切」でどんな「好き」でどんな「愛」なのか、レイミにはわからない。
きっとエッジもそうだろう。
大切に思われている、好かれている、愛されている。
それを知っているけれど、それが果たしてどんな種類に分類されるのかはわからない。エッジ本人も分かっていないだろうし、レイミが想像してもやはりわからない。

エッジが他の女性と一緒にいれば、それを見てしまえば腹が立つ。それは確かだし、否定しない。できない。――それでもこの期に及んでさえ、なぜ腹が立つのかはわからない。嫉妬、といわれればそうかと思う。エッジが自分以外に目を向けている事実は、認めたくない。
けれど、それが恋人が――恋人になってほしい人が、自分ではない異性に目を向けているから、だとは、どうしても思えない。そうだと断定できない。そうかもしれない、とは思う。でも思うのと同時に、違うかもしれない、とも思う。「自分のもの」を取られて悔しいという、たったそれだけの幼い嫉妬心かもしれない。エッジを大切に想っているのは事実でも、それは単なる執着心かもしれない。
わからない、今まで何度も自分に問うたけれど、一度として答えなんて出なかった。
この期に及んでさえ、やはり答えは出ない。

くちびるを重ねても、あるいは――今後(まかり間違って)肌を重ねたとして、さえ。
答えなんて出ないのかもしれない。いや、きっと出ないのだと思う。
あまりに近すぎて、近くにいすぎて答えが出ない。誰かに訊ねたところで、答えを教えてはもらえない。異性とこんなに間近く育ってきた人間なんてそうそういないから、そこを根拠にどんな答えが出たとして自分はその答えを否定するだろう。たとえ似たような立場の人が答えを示しても、自分ではない人間が出した答えは、きっと確実に納得できない。
けれど。

――クロウなら、答えてくれただろうか。
彼の示した答えなら、ひょっとして納得できただろうか。

わからない、そしてその機会は永遠に失われてしまった。単なる幼馴染、だけではない、フォーチューン・ベイビーとしての三人で話す機会は、永遠に失われてしまった。
クロウを悼む気持ちがあって、さらに悼む材料を見つけて、レイミのこころがしくんと痛む。

◇◆◇◆◇◆

伏せた目を上げる、組み合わせた手をしずかにほどく。
冥福を祈ることができない、だって彼が亡くなっただなんて信じられないから。ああ、だからあの花束を投げたのかもしれない。形式は、こんなときのためにあるのかもしれない。
こころがぐちゃぐちゃで、頭の中がぐちゃぐちゃで、自分が何を思っているのか、思えばいいのかがわからない。

まっすぐに立つ背がきっともうすぐ振り返る。この事態を終わらせるために、そうしたら、もう立ち止まらずに駆け抜けるしかない。足を鈍らせるすべての思考を振り払って、まっすぐに駆け抜けるしかない。
きっと、そうやって駆け抜けるエッジを。
――そうだ、彼を追わなくてはならない。また、いつものように。彼の背だけを見て、彼の背に追いすがって、無防備な彼の背を守らなくてはならない。
だって、そうしたいから。
義務ではない、レイミの意志で。エッジのそばにいたいから。彼を追いかけたいから。

まっすぐに立つ背が、そしてふと動いた。
最後の戦いの幕は、きっとこの瞬間、上がる。

―― End ――
2009/05/28UP
一から十のお題_so4CP混合_
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九つの花束を
[最終修正 - 2024/06/17-13:24]