きみに話したいことがある。
きみと語りたいことがある。

―― 君に伝えたい十の言葉

床が割れて崩れて、堕ちる寸前で支えてくれたエッジの手を、けれどフェイズは振り払った。
死にたかったわけではない。こんなところで自己満足で死んで、それが何の償いになるだろう。もしも自分が足掻くことでエッジも自分も助かるなら、その可能性が見えたなら、迷わずそうしていた。けれど、互いの消耗その他を考えて、このままだとただエッジを道連れに、どうしても闇に堕ちるだけだとわかったから。
だから、手を振り払った。
この命を数分永らえさせるためだけに、エッジの生命を支払うことはない。

◇◆◇◆◇◆

そうしてまっすぐに堕ちていきながら、
――なぜだか想うのは、栗色の髪の、あの人形めいた少女のことだった。
彼女は逃げられただろうか、崩壊に巻き込まれなかっただろうか。途中で怪我はしていないだろうか。
――先ほどの戦いで、すでに彼自身が彼女を傷つけてしまったけれど。
あの戦いで彼女はどれほどの怪我を負っただろう。どれほどの怪我を負わせてしまっただろう。あの華奢な身体と、そして強くてやわらかなこころにどれほどの傷を刻んでしまったのだろう。それはいったいどれだけの時間をかければ治るのだろう。治癒の呪紋は彼女も扱っていたから、それがこころにも作用すればいいのにと切実に思う。
――じわりと胸をひたすこの感覚は、きっと後悔と呼ばれるものだ。
これ以上の怪我を負わずに、無事脱出していればいい。いや、エッジの手を振り払うあたりでなんだか聞いたことのない名前を聞いたような気がする。きっとその人が助けに来たのだろう。そう思いたい。
無事に逃げて、そうしたら。
自分のことで泣いてはほしくない。どうか、怒ってくれればいい。
そして、愚かな自分のことなんてすぐに忘れてほしい。いつまでも彼女のこころの中に生き続けたいとは思わない――彼女のこころに生きる自分の存在は、トゲのように彼女のこころに突き刺さり、傷つけ続けるだけだとわかっているから。いつか治るはずの傷を、いつまでも治さないとわかっているから。

……だから、ぼくのことなんて覚えていなくていいですよ。
……できるだけすぐに忘れてください。
……――どうか。

周囲に音は聞こえない。恐ろしいほどの静けさの中、ただ堕ちていく。音は聞こえないのに墜落の感覚はあって、そうしながらゆっくりまたたいて、やはり彼女のことだけを想っていた。

◇◆◇◆◇◆

――きみに話したいことがあったんです。
――きみと、語りたいことがあったんです。

すべてがひとつになってしまえばいいという、そうすれば哀しみがなくなるという、あの考えは間違っていないと、今でも思う。けれど唯一絶対に正しかったはずのその答えは、今ではいくつもある答えのひとつでしかなくなっていた。
きっとこの宇宙に生きるすべての生命の数だけ答えはあって、それらはすべて正しい。すべてが正しいから、時には答え同士がぶつかりあうこともある。どれが間違っているわけではない、ただ、違うからぶつかってしまう。相容れられないことがある。正しいのに相容れられない、それが哀しくても、だからといってそれらをひとつにすることなんてできない。誰にもそんなことはできない。そんな権利はどこにもない。
たとえば、この宇宙を作った存在がいるとして、その神でさえ。

彼女と、リムルと、見た目は幼くても賢い彼女と。語り合いたくなった。さんざん回り道をして誰もに迷惑をかけて、ようやく見つけたこの答えを、彼女に話したならなんと返ってきただろう。
多分フェイズの口元は、淡く笑っている。
彼女に好かれていないことは知っている。だから、意地っ張りな彼女はまず否定するだろう。そんなのはちがうのよ、と。――それとも、ようやくわかったのよ、と勝ち誇ったりするのだろうか。それとももっと別の反応があるのだろうか。

忘れてほしいと願いながら、同じくらいに強く彼女を想っている自分がなんだかおかしい。
闇に堕ちて闇に呑まれて、自分はこのまま消えてしまうのに。崩壊する星に巻き込まれて、むしろ自分のせいで星が崩壊して、そうして一直線に死に向かっているはずなのに。ひょっとしたならすでに死んでいるかもしれないのに。悠長に彼女と語り合いたい、なんて考えている自分が矛盾していて、ひどく面白い。面白いと思う自分が、ふしぎで、けれど不快ではない。
――ああ、なぜこんなにもこころが凪いでいるのだろう。
ちょっとだけ、とくっついてはいても、彼女が認めてくれたから、だろうか。
マントではなくて、きっとフェイズ自身を。――それが、ちょっと、だけでも。

◇◆◇◆◇◆

――きみに話したいことがあったんです。
――きみと、語りたいことがあったんです。

なぜリムルが自分を毛嫌いしたのか、その理由は今でもわからない。村一番の術士といわれた最初に、そんな彼女を否定してしまったからだろうか。見た目の幼さから、彼女を子ども扱いしたからだろうか。
もしもゆっくり語り合ったなら、原因がわかっただろうか。
そうしたら、それを挽回できただろうか。
なぜ、今もこうして彼女のことだけを考えているのか、自分のことなのにそれはもっとわからない。最後に顔を見た、心底尊敬しているエッジではなくて。マントをつけていたからという、たったそれだけの理由で仮面の下のフェイズを見破っていたリムルのことを、なぜ今こんなにも考えているのだろう。それとも、マントのことなんてつけたしで、そうではないもっと別のことで彼女は見破っていたのだろうか。見透かしていたのだろうか。
バカといわれた、きっとそれは事実だった。呼ぶなといったのにフェイズの名前を何度も呼んで、それは凍てついた、凍てつかせていたこころをふるわせた。
疑問ばかりが浮かんでくる。
だから、彼女に問いたい。

◇◆◇◆◇◆

――きみに話したいことがあったんです。
――きみと、語りたいことがあったんです。

墜落の感覚はなくならない。そのくせ、手足の末端の感覚はいつかなくなっていた。やはり恐ろしいほどの静寂は、ひょっとしたなら耳が働かなくなっているからかもしれない。またたいても黒い視界はすでに、目を伏せているからか、あけていて見えていないからなのか、わからない。
おだやかに微笑んでいるつもりだけれど、本当にそうなのかわからない。
今、自分が生きているのかすでに死んでいるのか、わからない。
――ただ、

リムルのことだけを考えていた。
リムルのことだけを想っていた。

今ここにリムルがいないことがひどくふしぎで残念で、
今ここにリムルがいなくて良かったと、心底安堵している。

強くてやさしくて賢い彼女のこころから早急にいなくなれたらいいと思いながら、
強がりで意地っ張りで気まぐれな彼女のこころにずっといられたなら、きっと嬉しい。

きみに話したいことがある。
きみと語りたいことがある。
きみに言いたいことがある。
きみに問いたいことがある。

――きみに伝えたいことがある。
たくさん、たくさん。

けれどどうかぼくのことは忘れてほしい。
ぼくのせいで、これ以上きみを傷つけたくはない。

そして、どうか。
――どうか、しあわせに、なってください。

ゆっくりと意識が拡散していく。
思考がまとまらなく、なっていく。
闇の中に、きみの姿が見えないことが――きっときみを巻き込まずにすんだことが。

ちょっとだけ、うれしい。

――……ちょっと

……だ、け、

―― End ――
2009/05/31UP
一から十のお題_so4CP混合_
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君に伝えたい十の言葉
[最終修正 - 2024/06/17-13:24]