「れーたんれーたん、どうしてもわからないことがあるのよ」
「どうしたの、リムちゃん?」
「ずーっと考えてるのにぜんぜんわからないのよ。おねむしたいのに、気になってねれないのよ。もやもやのぐるぐるなのよ」
いつまでも寝ようとしないリムルに、そろそろ怒った方がいいのかな、とレイミが思案しはじめた時分だった。
最近いろいろあってずっとどたばたしっぱなしで、これからもきっとどたばたするはずで、そしてエッジはまだ復調しない。だから余計に休むことができる時にはちゃんと休んでおかないといけないのに。
幼い姿に似合わない、やけに大人びた眼差しのリムルは、カルナスの同室で遊びたいあまりになかなか寝ようとしない彼女とは違って見える。頭ごなしにしかりつけるのは間違っている、いやでもそう思ってしまうような。
「ええと……わたしにわかるかしら?」
話すだけ話してしまえばすっきりするかもしれない。そんなつもりだったレイミに、リムルははりつめていた表情を少しだけゆるめると大きくうなずいた。ちくり、なんだかレイミのこころに痛みが走る。
自己管理というか自己認識というか、そういうものが甘くてレイミ自身が倒れたばかりで、それなのに全面的に信頼されるのは少しばかり心苦しい。
とりあえず並んでベッドに座って、何かを一生懸命に考えているリムルを促してみる。思い詰めた様子だったわりに何をどう話したらいのかはまとまっていなかったらしい。うんうんうなっている姿は、なんだかひどく愛らしい。
「……リムちゃん?」
「ええと……ええと。なんでみんな、大丈夫じゃないのに大丈夫っていうのよ?」
「……え……」
レイミはエッジのことかと思った。思ったけれど即座に何もいうことができなくて、しゃっくりにも似た小さなつぶやきがもれる。リムルはそんなレイミの様子を気にしないように、そしてそうして話し出してしまえば勢いがついたようで、今までうなっていたのが嘘のようにたたみかける。
「リムじゃなくったってみんな気づくのよ。それなのに、大丈夫っていうのよ。なんでもない、大丈夫、それしかいわないのよ。……なんでなのよ。大丈夫じゃないのに。
れーたんだって、大丈夫っていってたのよ。大丈夫じゃなかったのに。
なんでなのよ? 考えても考えても、リムにはぜんぜんわからないのよ」
まっすぐで、難しい問いだった。
そしてまさに正鵠を射ていた。
だからこそどう答えていいのかわからない、そんな純粋な問いだった。
とりあえず、自分の名前がでたので、レイミはつい先日の自分を振り返る。石化ウィルスで倒れたあのとき。その予兆はあったのに、エッジに心配されたのに、あのときなんでもないと返したのは。
「いくつかあるけど……リムちゃん、ええと、わたしの場合はね」
「れーたんのばあいは?」
「あのときは、本当に大丈夫だって思ったの。今までもね、大丈夫だったから。だからちょっとだけ体調が悪くてもすぐに治るって、そう思ってたのね。その時は大丈夫じゃなくても、少し休めば大丈夫、って」
「……大丈夫じゃなかったのに、自分がわかってなかったのよ?」
「そうね、ちょっと恥ずかしいな。あと……」
「あと?」
「エッジ……みんなにね、心配させたくなかったの。さっきいったとおり、少し休んだならよくなるはずって思ったら、みんなを心配させて、たとえばお医者さまを手配してもらって。もしもそうしているうちに治ったなら、わざわざ来てくれたお医者さまは無駄足になっちゃうし、お医者さまを呼んでくれたみんなもお医者さまに申しわけないし」
「ふむふむ、なのよ」
「もちろん、それだけじゃなくてみんなに心配させたくないって、それだけの気持ちもあったかな」
「れーたんは心配されるの、いやなのよ?」
「ううん、……ちょっと難しいな。
あのね、心配してくれるのは嬉しいの。でも、嬉しいけど――ごめんなさいって気持ちになる。わたしはみんなが大好きだから、心配してくれる――気にかけてもらえるのは嬉しいけど、心配させる――そわそわとかどきどきとか、そうさせちゃうのが、すごく悪いことみたいに思っちゃう」
「……ふくざつなのよ」
「うん、複雑なの。……もっと単純にいたいのに、どんどん複雑に、ひねくれちゃう」
それはあるいは、お互いを意識しているのにどうしてもケンカ――まではいかなくてもぶつかり合ってしまうリムルとフェイズにも当てはまるかもしれない。まあ、指摘したところでリムルは否定するだろうし、指摘することで逆の方向にかたくなにさせる可能性に気づいているので、レイミがその件で何かつつくつもりはないけれど。
なにごとか考えこんでしまったリムルに、レイミは笑みを向けた。――苦笑になっていたかもしれないけれど、とにかく微笑んでみせた。
「大丈夫じゃないのに大丈夫っていい張る理由なんていろいろありすぎてわからないわ。そういう人にどうすればいいか、だってわたしもわからない。ううん、何が正しいのか、なんてわたしじゃなくても誰にもわからない。
でも、間違いもないと思うの。間違っていたって、それが間違いだってわかる人なんていないと思うの」
それは、あるいは自分に対するいいわけかもしれない。ずっとずっと悩んで沈んで、自分を責め続けるエッジに、何もしてあげられないレイミ自身に対するいいわけかもしれない。
それでも。
「正解も間違いもないんだから、できることをすればいいと思うの。リムちゃんができることをすればいいと思う。
――リムちゃんがしたいと思うことをすればいいと思う。
リムちゃんは、どうしたい? どうしてあげたい??」
「……リムはね、……リムは」
「うん?」
「リムは、泣きたいなら泣けばいいと思うのよ。がまんすることないって、思うのよ。大丈夫じゃないのに大丈夫って、むりをしてないで、泣いちゃえばいいと思う」
幼い姿に似合わない、やけに大人びた眼差し。
幼い姿に似合わない、やけに大人びた言葉。
――レイミは、息を飲む。
エッジを心配しているのだと勝手に思っていたけれど、この少女は、本当は果たして誰を心配しているのだろう。
――泣きたいなら、泣けばいい。
それは、レイミ自身に対しての言葉なのかもしれない。
違うかもしれない、けれど、わからない。
「れーたん、ありがとう、なのよ。ちょっとすっきりしたのよ」
「えっ!? ……え、ええ。なら、よかった。
もう、ねれそう?」
「わからないのよ。でも、ちょっとだけすっきりだから、きっとおねむできるのよ」
「うん、ならよかった。……おやすみね、リムちゃん」
「れーたんもおやすみ、なのよ」
それまで座っていたベッドにリムルが横になって、振動が邪魔をしないようにレイミはそっと立ち上がると、そのころにはもうすでに寝息を立てていたリムルに少しだけ目を見張って、そしてやわらかく笑った。
上掛けをかけてあげて灯りを落として、自分のベッドにもぐりこむ。
オブラートにくるまないまっすぐな言葉は、たとえレイミに向けられていなかったとしても彼女のこころを揺さぶった。つん、と鼻の奥が痛くて上掛けに顔を埋めるようにして、レイミは自分の涙に気づかないふりで目を伏せる。
大丈夫ではないのに、大丈夫といいはって、
泣きたくても泣けない、不器用な――大人になりきれない子供。
該当する人間が多すぎる。自分を含めて、多すぎる。
最近いろいろあってずっとどたばたしっぱなしで、これからもきっとどたばたするはずで、そしてエッジはまだ復調しない。だから余計に休むことができる時にはちゃんと休んでおかないといけない。
けれど今日はたぶん、十分以上に休むことができるだろう。
やさしいこころに触れることができたから。
