エルダーの科学技術にはまだ及ばないにしろ、それでも地球のそれはフェイズの目から見てもそれなりのものだった。ワープ技術などはさすがにエルダーの方が上をいくけれど、そもそもの発想力の違いか、日常生活に付随する部分はエルダーのものと遜色ないレベルものもの多い。
たとえば、宇宙船の防音など。
――そのはずなのに。
……キャー……!!
扉一枚隔てた向こうがわで上がった悲鳴が、いや、悲鳴まがいの歓声……嬌声? が確かに閉じた扉を突き破ってフェイズの鼓膜を直撃する。思わず耳元を押さえ、そして仰いだのは敬愛する船長。なぜか遠い目で扉を、きっとその向こうがわを眺めている。
「……ええと、その……エッジさん。ぼく、この船の防音技術はかなりのものだと思っているんですが」
「エルダーの目からそう見えるって嬉しいな。いや、僕もそこそこ地球の技術、誇りに思ってるけど」
「でも今……向こうの声、聞こえましたよね……」
かなり思い切り。
「うん、確かに。きっとあれだよ、特定の高さの音にはさすがに弱いとか……」
「ヒューマンの可聴範囲の音を遮断する能力、十分に備えているはずなんですが」
「……じゃああれだ、オンナノコっていうのには最新の科学技術も負けるんだよ」
あっはっは。
笑い声が空々しいと思ったけれど、フェイズにはツッコめなかった。そして、特にすることがないからとこの場を去ることはできない。そうしている間にも時おり上がる、聞こえないはずなのにばっちり聞こえる声に、なにごとですかと直に乗り込むこともできない。
なんだってこんなことに。
それじゃあカルディアノンに向かおうか、というタイミングだった。それまで比較的おとなしくしていたリムルが、不意に顔を上げると、表情は変わらないながら若干あわてたように声を上げた。
曰く。
――服の直しを頼まれてたのに、そのことすっかり忘れてたのよ!
詳しく聞いてみれば、そもそも頼んできた当人はバカラス病でだいぶ前に亡くなってしまったらしい。
なので約束はなくなったも同然だけれど、直しを頼まれた服はリムルの手元にあった。そして現在トリオムの村は壊滅状態、こういうときには衣食住が不足する。もしも預かった服が無事なら、無事ではなくても多少の手直しでどうにかなるなら、なんとか直してトリオム、あるいはウドレーに持っていきたい。
文化レベルの違いかリムル以外の三人はピンとこなかったけれど、服、というか布は工場生産以前の時代、意外と価値が高い。別に絹に限らず、原材料から糸をより、それを布にするという作業は関わる人間も、時間も、手間もだいぶかかるためだ。
細かいところまではリムルのつたない説明ではどうにも伝わりきらないものの、基本的に人のいい船長は、いつものように無駄に熱血に、力強く頷いた。
――よし、じゃあとりあえずトリオムに戻ってその服の状態を確認しよう!
レムリックからまだ発進していなかったのもあるし、船と村とは何度も往復していたので、いい加減すぐ近所の感覚がすっかりできあがっていたせいもある。
そうして(まだウドレーに戻っていなかった)ルティアを驚かせながらも、歪んで動かなくなっていたドアをなんとかこじ開けてリムルの――村長、ギムドの家に押しかけ、結果として服はそのまま誰かに手渡せるような状態ではなかった。
ただし、リムルの目には十分どうにかなるレベルだったらしい。
――次来るときには、ちゃんといろいろ直しとくのよ。
無理はしなくていいからと苦笑したルティアに太鼓判をおして、どうせだからとその服以外にもリムルやギムドの服まですべて一切合財(エッジとフェイズで手分けして)カルナスに運び込み、
――そして今現在、ウェルチ含む女子メンバーがミーティングルームに立てこもって、なにやらきゃいきゃい騒いでいる。
「――たぶん、そろそろ出てくるよ。で、似合っているかどうか訊くから。ちゃんとほめてあげろよ」
「よくわかりますね、エッジさん」
「レイミもな、トシゴロのオンナノコだしな……サイオンジの家って歴史があるからか、大戦で目減りしたらしいのに、それでもすごい数のキモノのコレクションあってさ……」
「……はあ……」
「正月だ、なんだかんだのイベントのたびに、これがいいかあれがいいかって、まあ、いろいろあったんだよ……」
「……そうなんですか……」
「で、逃げると数日間飯抜き」
「ええッ!?」
なるほど、それでデッキに移動しようとしたのを止められたのか。思わず納得しかけ、けれどさらっといわれた内容に、その厳しさに目を剥いたなら、しかしエッジは今までどおりの遠い目でドアを眺めていた。それとも、過去の思い出に想いを馳せていたのかもしれない。
「基本的にほめられたいだけなんだと思うんだ。だから無難にほめとけば問題ないけど、ときどき今までのうちでどれがいいか、とか訊かれるからな……色とかリボンとかの特徴を覚えとかなきゃ、いい加減だってばれるし怒られるし、そうやって怒らせたらしばらく主食オンリーとか」
「む、難しいですね」
「多分フェイズなら大丈夫だって思ってるけどな――ああ」
そしてエッジの声が途切れるとほぼ同時、開かずのドアが何ごともなかったように開いた。フェイズの位置だと音しか聞こえなかったけれど、声からでも上機嫌だとわかるレイミが二人を呼んでいる。
行こうか、と、なんとなく――そう、なんとなく判決を受ける死刑囚のような、そんなエッジにゆっくりと頷きながら。けれどフェイズは、なんというか、長くもない距離を移動するために動き出す、そのきっかけがなかなかつかめないでいた。
