昔、というほど時間は経っていないけれど、思い返したならずいぶん時間が経ったような気がする。あのころは未来に対して希望しかなくて、もちろん現状維持には問題があったけれど、それでも未来はただきらきら輝いていて。
なぜ今と見える景色が違うのか、その理由はわからない。
理屈で説明ができないのが悔しい、哀しい。それほど時間が経っているわけではないのに、思い返すあのころと今は、なぜこんなにも大きな隔たりが、
「――フェイズ」
目的があったわけではない。ただなんとなくカルナスの廊下を歩いていると名を呼ばれて、ふり返ったなら苦笑を浮かべた船長がいた。ずいぶん長い間沈んでいた彼は、今ではだいぶ浮上して、むしろあれだけどん底に沈んだからだろうか、以前よりも深みを増したようにさえ見える。
――ああ、彼は。やはりすごいひとなのだ。
そんなふうに思って、なぜかずきりと胸の奥がきしんだ痛みを覚えて、けれど。
「なんでしょうか?」
なんでもないふりをして笑顔をみせる。
「暇なら、ちょっとつきあってくれないか。っていうか僕も何があるのかよくわからないけど」
「は?」
「いや、レイミとリムルとウェルチにミーティングルームまで呼び出されてさ……」
「はあ……別にかまいませんけど」
そのメンバーに浮かんでくるのは、思い返したならずいぶん昔に思える、カルディアノンに向かう前のちょっとした騒ぎ。まあ、きっと別件だろうと特に警戒なく頷いて、
――思えば、もっと用心するべきだったのだ。
警戒の材料なんて、この時点ではメンバーしかなかったわけだけれど。
「おっし、よくきたフェイフェイ! 待ってたよ!! ……エッジもね」
「おまけ扱いなら帰るけど」
「ううん、いてほしいなあエッジにも!」
何だか微妙な既視感を覚えるのはアレだろうか。ステージからカーゴルームまでをいかにも即席の目隠し――見るからにベニヤ板がセットされているからだろうか。しかもあの時と違って今回は両側。いつにも増してステージがステージっぽく見える。
ではなくて。
呆然としていた自分に気づいて、頭を振ってみる。なんだろう、この悪寒は。
「ってわけでフェイ太郎! おチビちゃん懇親の力作、受け取りな!! むしろ今すぐにここで着替えな!」
ばっさ、
ウェルチは立体映像なので、実際にはレイミが、彼女らしくなく投げつけてきたのは。
――純白の、どこかカッチリとしたイメージの服、およびシャツやらその他一式。
地球式の制服によく似ているように思えてとなりのエッジに救いを求めたなら、彼も困ったような顔をフェイズに向けたところだった。ええと。
「……そういえばだいぶ前に、式典用の制服かしてってレイミにいわれたんだっけ。一日くらいでかえってきたけど」
「リムちゃん、女性の服は型紙から作れるけど男性のは無理だっていって。エッジの制服参考に、サイズだけ変更したの。布が違うからだいぶイメージ違うと思うけど」
「つまり正真正銘、おチビちゃんがフェイ太のために腕を振るったわけよ! 喜んでいそいそ、今こそめーいくあーッぷ!!」
「あの、まったく話が見えません!!」
わめいても嫌がっても、何だかどうにもならなかった。ノリノリのウェルチ、申しわけなさそうに、けれど有無を言わせないレイミ。そういえば残るバッカス、メリクル、ミュリア、サラまで勢ぞろいしている。
そして、そのリムルの姿だけが見えない。
ぽん、と肩に手を置かれた。諦めきったエッジの目が、開き直れと訴えていた。
――悪いようにはしないよ、仲間だし。ここは信じようよ!?
そんなふうに目が語っていた。
フェイズは肺の底から空気をしぼり出すような、そんなでっかい息を吐く。
「――そんなわけで着がえてきました。これで満足ですか?」
「おおおおお、美少年が気合入れると華になるねえ!! ええと、カメラカメラ~」
色は白。地球の様式の、式典用の正式衣装。もちろんこんなものを着るのははじめてで、しかも姿身も何もないので、見ていないので、実際に合っているかどうかの確認ができないのもあってひたすら居心地が悪い。
ただし、観客の受けは良かった。ウケが取れたというわけではない、素直な意味で。
「こんなことなら細工で王冠とか作ればよかったミャッ」
「それはさすがにやりすぎじゃないかしら?」
「フェイズくん、王子さまみたいで似合っていますよー」
「……それはどうも」
もう早く逃げたいのにそういうわけにもいかない。
「で、白に黒はあってないからそのマント取りな。今だけでいいからさ、フェイル」
そしてなぜこうも地球の女性というのは押しが強いのだろう、というか真顔で迫られるとこわいのだろうか。
とことんまでこの遊びに付き合わないと解放してもらえないのかと、意地でもはおっていたマントを外す。これでいいですかといっそ涙目でウェルチをにらんだなら、うんうん、といかにも満足そうにうなずいて、それはそれで腹が立つ。
「――いい加減に説明を、」
「はいそれでは王子が準備万端なので、ここでお姫さまの登場~」
――誰が王子だ誰が!
叫ぶことはできなかった。完璧にタイミングを外されて、そして彼が着替えたカーゴルームの向かいがわに待機していたのだろう。一人だけ姿が見えなかったリムルがおずおずと出てくる。
単なる観客だったメンバー、およびフェイズの息が確かに止まった。
色は純白。例えるなら生クリームのような、ふわふわで甘いイメージの膝丈のドレス。いつもは二つに結んでいる髪を飾るのもドレスと同じリボンで、いや、それよりも。
普段から人形のような愛らしい顔だちをしているリムルが、輪をかけて華やかに愛らしい。生クリームのようなドレスを着た、彼女自身が甘くおいしそうにさえ見える。
そして、きっと多分確実に、フェイズの服と彼女のドレスの生地は同じもののために、
「「――大成功!」」
レイミとウェルチの歓声が重なった。実体同士ならハイタッチくらいはしていそうだった。
そんな歓声が聞こえていたけれど意味がわからなくて、何をどうしたらいいのかわからなくて、とりあえずこちらに歩いてくる、かたい表情のリムルを迎えるために手をのばす。
――リムルには、そうですね。白い、華やかな服とかがいいのではないですか。
昔告げた言葉が、ふとフェイズの脳内によみがえった。だから彼女はこんなモノを仕立てたのだろうか。レイミとウェルチにのせられて、同じ生地でフェイズの服まで仕立てたのだろうか。
それとも何か別の思惑があったのだろうか。
わからない、まったく全然わけがわからないけれど。
「ああ、やっぱりきみには白が似合いますね。リムル」
「……あたりまえなのよ、リムが作った服なのよ」
のばした手に小さな手をつかまえて、確かにその時、
……フェイズの脳内には、黒がどこにもなかったはずだ。
