時おり流れてくる音には、最初から気づいていた。ただ、その出どころを探る気はなかった。任務中のくせに女子どもが多くて、そもそも性別以前にメンバーの気質か、やたらとさわがしい船の中で。けれど、さわがしさの中に紛れるようにときおり聞こえる、その音。
好奇心がなかったとはいわない。
けれどことさら探し出すつもりはなかった。
そのはず、だった。
――うたがきこえる。
そんな風に思ったのは、大して広くもないカーゴルームでトレーニングがわりに得物を振り回しはじめてしばらく経ったころだった。
身体と勘を鈍らせないためのはずのそれにずいぶん熱が入って、疲労が脳にまで回っていたのかもしれない。――まさかそんな阿呆なこともないだろうけれど。
ともあれ一度思ってしまえばそれはますますはっきりと耳に届いて、耳障りではない、けれど無視できるものではなくなっていた。
正確にはヒトの声による歌ではなくて。
ひどく素朴な印象を抱かせる、何かの楽器。
そういうものにまったく縁がないので、そもそも楽器というものの種類すら知らない。ただ何気なく手を止めて、やはり音は細く、けれどひどくはっきり届く。
音に誘われて足を踏み出して、ああ、その時は本当にずいぶんどうかしていた。カーゴルームを出て、音源を探すまでもなくそれはミーティングルームをはさんだ真正面から聞こえて、何気なく足は進んでセンサが彼をとらえる。
「あれえー?」
素っ頓狂な声で我に返った。正確には、それまで続いていた音が不意に途絶えたことで。
青い光の満ちる部屋にいたのはちっぽけなこねこで、小さな両手で包み込むように何かを持っていて、そして目を丸くして彼を見上げている。
「エイルマット? どうかしたんだミャ??」
「……いや」
まさか音に誘われてきましたとはどうにも説明しづらく、むしろ何をどう説明したものかと言葉に詰まって、次の瞬間には説明しようという気が失せた。そうしていつものだんまりに突入した彼に何を思ったのか、一瞬手元に目線を落としたこねこは、次の瞬間には顔を上げて、えへへ、と笑う。
「もしかしてうるさかったとか……ごめんミャ」
「そうでもない。
……ソレか、音の正体は」
「え? うん。オカリナっていうの。……あたしとハカセの大切な思い出なんだ」
青い世界で、いつもはぴんと立っている耳をなぜだかくたりとねかせて笑ってみせるこねこは、いつもが無駄に元気なだけに一層しおれて見えた。いつもと違うというだけで妙に落ち着かない気分になって、何かをいわなければとうっかり焦る。
「……いい音だな」
焦った結果出てきたのは、そんな、どうでもいい感想だった。もっと気のきいたことでもいえばいいのにと即座に自分にダメだししたものの、いわれた方はそうは思わなかったらしい。それまで耳と一緒にしおれていたしっぽが、ぴんと上を向く。
「ほんとッ!?」
「…………そこまで食いつくことか?」
「えへへ……ううん、なんかうれしくって。
やさしい音で、あたしもすきだから、エイルマットがほめてくれて嬉しいミャッ!」
そうしてその小さな両手を、そこに包んだモノごと口元にもっていって、
――まろい音が生まれた。
心臓の鼓動のような、やさしくささやく声のような、緑豊かな大地を渡る風のような。
はじめて聞くはずなのに、少なくとも親しみがあるはずがないのに、やけに懐かしい。土くさく泥くさく、けれどほっと息を吐くような、そんな想いを呼ぶ音。
――いい、おとだ。
――やさしいうただ。
――血まみれの死神がきくにはもったいない、けれど。
――きかないふりをするのは、なんだか違う。
腕を組んでカーゴルームの入口脇にかるく背を預ける。そのまま軽く目を伏せたのをどう思ったのか、一瞬音が遠くなったのでそちらを見たなら、目だけでこねこが笑った。再び元の調子に戻った音に、こちらも再び目を伏せる。
音が、流れていく。
やわらかな空気に包み込まれる。
安らいではいけないと、こころの内が騒ぐ。けれどここから逃げるのは難しかった。まろい音は枷ではなく紗になって、このこころをすでに包んでいる。つかまってしまったこころがここにいたいと思ってしまえば、離れるべきだという一種の義務感を振り払うのは、難しいというよりももはや無理だった。
癒されるべきではないと思うその裏で、実は癒されたがっていたのかもしれない。だから扉を隔てたこの音に気付いて、ふらふらと近寄ったのか。
ハカセとやらのことなんて、何も知らない。けれどこのこねこにとって重要な人物で、このやわらかい音はそのハカセとやらに向けているのだろう。
自分がたまたまここにいるだけで、おかげで自分がまろい空気にひたっているのはつまりは単なるおまけで、それがわかっていても自分に向けられていないとわかりきっていても、それでもなおこの音を聞いていたいと思った。
楽器にも音にも興味はない。求めているのは戦場で、いつか訪れる己の死で、けれど。
心臓の鼓動のような、やさしくささやく声のような、緑豊かな大地を渡る風のような。
はじめて聞くはずなのに、少なくとも親しみがあるはずがないのに、やけに懐かしい。土くさく泥くさく、けれどほっと息を吐くような、そんな想いを呼ぶ音。
――これは、とても、……とても。
――おとが、とまる。
――うたが、おわる。
「……どう?」
「――そうだな……。悪くない」
ゆっくりと開けた目に、青い世界でこねこが笑う。
そして、再びうたがはじまる。
