その日は久しぶりにレムリックに戻っていた。当たり前のようにルティアのところに顔を出して、モンスターの話になって、当然のように退治を引き受けた。トカゲたちにおされて多少は大人しくなっていた、元々この近辺に棲みついているモンスターたちが、トカゲたちがいなくなってしばらくした今になってもり返してきたらしい。
本当は先を急ぎたいんだけどね、と苦笑するエッジはやさしいと思う。苦笑するだけで、ちゃんと引き受けてくれるから。そしてリムちゃんのお願いは断れないなあ、とやわらかく笑うレイミをはじめ、口先だけの文句をいういわないはともかく、最終的にちゃんと協力してくれる仲間たちはやさしいと思う。
きっとエッジがやさしいから、やさしいひとたちが集まったのだろう。
――そう、フェイズだって。

そうして、モンスター退治はどうということもなく終わった。一行が倒しまくったトカゲにおされるようなモンスターばかりだ。数は多いとしても、強さそのものは一行の敵ではない。
ただ、数は多かった。一度に相手にする数はともかく、戦闘回数そのものはかなり多かった。
なので。

◇◆◇◆◇◆

「うー……つかれたのよ」
「そうですね、お疲れさまでした、リムル。
……ただ、寝るならちゃんと寝間着に着がえてください」
「フェイズはいちいちうるさいのよ」
カルナスに戻ってそのままの勢いでベッドにダイブしたなら、後ろからついてきたフェイズがやれやれと大げさに息を吐いた。むっとしてくちびるを尖らせて、けれどフェイズはそんなリムルを見ていない。
紫の目が真剣に眺めているのは、
「――それ、どうしたのよ?」
「これですか? ルティアさんにお借りしました。彼女の家で少し見せてもらって、読み終わらなかったので」

数冊の、古ぼけた呪紋書。いや、呪紋書とは少し違う気もする。
昔リムルも少し見せてもらったことがあるけれど、呪紋を使えない男性が、巫女の呪紋についていろいろ推察する本だったか。リムルにはあまり面白くなかった。

「貸してくださるといわれても、いつ返せるかわかりませんから最初は辞退したんですけどね。今は読み手がいなくて本棚で眠っている状態だから、返却はいつになってもかまわない、と押し切られました。
物腰はやわらかですけど、押しと芯が強いですね」
――レムリックの女性は。
ちらりと見られて、かちんとくる。思わずにらみつけたなら、けれどフェイズの目はすぐまた本に戻って、
「別に非難しているわけではないですよ」
「そうはきこえないのよ」
「芯が通っているのはいいことじゃないですか」
「ちゃんとひとの目を見てはなしなさい、なのよ!」
「すみません、早く続きが読みたくて。……リムル?」
「もういいのよ! リムはれーたんとこでおきがえしてくるのよ」
「ああ、なんだかすみません」
「せいいのないゴメンナサイなんて聞きたくないのよ!」

そのまま勢いで部屋を出て、レイミのところに実はリムルの服の半分くらいは置いてあるので特に困ることもなく、宣言した手前寝巻きに着がえて、着がえながらとそのあと少しレイミとおしゃべりをして、
そして――なんだか怒るのが馬鹿らしくなって部屋に戻ることにした。
戻るまで、だからそんなに時間は経っていないはずだ。それなのに。

◇◆◇◆◇◆

「……フェイズこそ、ちゃんとおきがえしなきゃダメなのよ」

考えてみればフェイズだって今日は連戦で、疲れていないはずがない。呪紋ばかりのリムルと違ってフェイズは剣も使うから、確かに身体の小さなリムルの方が体力はないにしろ、体力の消耗はフェイズの方が上だ。精神力をかなり削ったリムルもへろへろしていたけれど、体力精神力共にもっと削ったフェイズが疲れていないはずがない。
問題は、当人がその自覚がなかったということで。

リムルが戻ったとき、フェイズはベッドに座って本を開いていた。だからもちろん、あれだけ興味津々だった本を読んでいるのだと思ったけれど、実際はその姿勢で寝入っていることは、すぐにわかった。
なにしろ、がっくんがっくん舟をこいでいる。
「じこかんりもできないなんて、ぐんじんしっかくなのよ」
フェイズが時おりつぶやいている言葉を、あまり意味がわからないながら真似てみる。当人が聞こえていたなら盛大に落ち込むところだったけれど、聞こえていなかったので平和に眠り続けていた。
――どうしよう。

もちろん放置してもよかった。リムルのつぶやきは的確で、これで風邪を引くなり首の筋を違えるなりをしても、フェイズの自己責任だ。
ただ、
「……今日も、かばってくれたのよ。だからケガしてたし。フェイズがつかれた理由に、リムも入っているのよ」

戦闘終了後、リムルの呪紋で癒したけれど。
いくつもいくつも、かすり傷の数はフェイズがパーティ中いちばん多い。豪快に敵につっこんでいくエッジは豪快な傷が多く、リムルとレイミは遠距離攻撃なのであまり怪我をしない。バッカスは金属なので、リムルの目には怪我なのかどうなのか判別すらつかないので除外するけれど。
――フェイズは、誰かをかばったあげくのかすり傷が多い。

◇◆◇◆◇◆

かくり、とフェイズがまた舟をこぐ。さらり、と髪が流れる。
深く考えることもなくリムルはそれに手をのばした。きれいだったのでさわりたくなった――ずいぶん幼い理由だ。
そして触れたフェイズの髪は、見た目からの想像よりもずっとさわり心地がよかった。
手触りがいいので夢中になって、ケルベロスを相手にするように無遠慮になでて、さすがにそんな風に扱われたなら寝入ったフェイズも起きる。
かくり、こいだ舟が今までとは違った揺れ方をして、
「……ええと……?」
寝ぼけた声が途惑っている。
はっと気づいたリムルがぱっと両手を後ろに回して、もちろんそんなことで誤魔化せるはずがない。

「……何を……していたんですか、リムル?」
「ふぇっ、フェイズが!」
「はい、ぼくが?」
「ええとええと、――ねるなら、ちゃんとおきがえしなきゃダメなのよ!!」
「え、ああ……そうですね。いつの間にか、寝ていました。
――あ、本! 傷めてませんよね!?」
「……そんなのリムしらないのよ……」
それまでいかにも寝ぼけてほやほやしていた目が、はっと我に返って――まっさきに心配するのがそれか。リムルの目が据わる。けれどフェイズは気づかない。
手に持ったままだった本をためすがめすながめて、大きな損傷が見当たらないことを確認してほっと肩を落とす。

「ありがとうございます。起こしてくださったんですね」
「そ、そういうことにしておいてあげる、のよ」
――実際にはただ何気なく手をのばしただけ。
というのが誤魔化せるので、リムルは嘘を吐いた。フェイズはそんなリムルに気づいた様子もなく、慎重に本を閉じるとデスクにのせる。実はまだ寝ぼけているのかもしれない。
なにしろ、
「無事でよかった。――リムルの仲間だから、と貸してくれた本を傷つけたら、リムルの立場が、」
何気なくつぶやいていた声が、ぴたりととまる。
ぎぎっと首が動いてリムルを見て、一瞬おいて、なんだかその白い肌が上気する。
明らかに様子のおかしいフェイズに、そこではじめて彼のつぶやきを頭の中で反芻して――リムルの顔が速攻でそっぽを向いた。表情も顔色も変わりないけれど、耳だけが赤い。のが、フェイズに見える。

「――リムもうねるのよ!」
叫ぶようなリムルの宣言に、
「ぼっ、ぼくももう休みます今日は疲れましたし!!」
つられるようなフェイズの同意。

ものすごい勢いでベッドに突撃してもぐりこむリムルと、動揺のあまり、普段ならシャワールームなりエッジの部屋なりにわざわざ移動して着がえるのに、その場であたふたと服を脱ぎだすフェイズ。
頭から布団をかぶったリムルはそんなことには気づかない。ふと我に返ってそれまで以上に動揺するフェイズも、当然知らない。
ただ――布団の中でてのひらを見た。この手に触れたもの、
機会があったならまた触れたいと思った、あの心地良さ。
「……ッ!!」

――どうして、こんなにも心臓がばくばくしているのだろう。

◇◆◇◆◇◆

「お、おやすみなのよ!」
「おッ、おやすみなさイ!?」
なんだか気恥ずかしくなって上げた声に、ひっくり返った返答があって、そして部屋の照明が落とされた。フェイズの仕度は終わっていないらしく、ごそごそと音が聞こえる。ただ、光がなくなって何も見えなくなったので逆にリムルは落ち着いて、布団のはしを見つけてぷはっと顔を出す。

――また、触れたいと思った。
――やさしく不器用な、フェイズに。

もちろんそんなこととてもいえるわけないけれど、触り心地のよかったその感覚を閉じ込めるように、かるくこぶしを握る。
「おやすみ、なのよ」
静かなささやきは彼に届かなかったらしい。
ただ、何かごつん、と痛そうな音がして、たぶん彼はしばらく眠れないんだなあ、とそんなことをふと思って、なんだか小さく笑いをこぼす。

―― End ――
2009/07/14UP
沁々三十題_so4CP混合_
OFP
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此の心地良さを手放すなど、もう、
[最終修正 - 2024/06/17-13:30]