陽の出の時間きっかりに、リムルは目を醒ました。むくりとベッドに身を起こし、けれどそのままの状態で目を伏せるとうつらうつらやりはじめる。しばらくそのままの状態が続いて、しかしかくりと自分の首が垂れたことで再び覚醒した。
「……むぅ……」
ごしごしと目元をこすって、ぼんやりしたままベッドから降りる。ほたほたと歩き出して洗面所に向かい、顔を洗い、そしてそこにあった鏡に顔を映すころにはどうやらちゃんと目を醒ましていた。
これならたぶんオーバーテクノロジーにはならないわよね、とリムルにとっては謎の呪紋を唱えて、あの旅の最後にレイミがくれた鏡。元々リムルが使っていたものよりもよほど薄くて軽くてかたくてきれいなそれが、今日もくっきりとリムルの顔を映し出す。
まだどこか表情がかたくぎごちなく、けれどあのころよりはだいぶ感情を素直に出すようになった、見慣れた自分の顔。――たった二年しか経っていないのに、二年以上の成長をとげたのは顔だけではないけれど、実際あの旅の仲間たちが今のリムルを見たなら驚くだろう。
少し離れた場所に小さな集落を作って、落ち着くまではといいながらあまりウドレーの人間とは交流を持たない、けれどリムルとはかなりの頻度で顔を会わせる、彼の同胞たちも驚いているし。
――村一番の? まさか。
……こんな子供が?
不意に耳元に浮かんだ、あの時の彼の言葉。
「……今のリムなら、村いちばんの呪紋使い、をすなおに信じるのよ?」
つぶやいた通りに動く口元。固い印象のまま、どこか淋しい色だった目がさらにその色合いを増して、あわてて鏡から視線をそらすとぱちぱちとまたたく。それでも落ち着いた感じがしなくて、せっかく拭いた顔に、もう一度ぱしゃぱしゃと水を当てる。
――一人暮らしは、よくない。らちもあかないひとりごとが増える。
先ほど使っていたためにしっとりと湿っていたタオルの乾いた場所を探して、もう一度水気を吸わせながら、リムルは小さく笑う。自分のこころはあの青年に、どれほどうばわれているのだろう。そう思えば、それはなぜか、ひどくおかしい。
もう落ち着いた、と確信して、もう一度鏡に向き直る。寝る時に邪魔にならないようにゆるくおさげにしてあった髪を、ほどいてブラシをていねいに通してから二つに分けて、いつものように高い位置に結いなおす。二年前と同じように。
レイミのように高い位置でひとつに縛ってみたこともあるし、
メリクルのように低い位置で二つにくくってみたこともあるし、
サラのように二つのおさげにしてみたこともあるし、
ミュリアのようにたださらりと流してみたこともある。
他にもいろいろ試してみて、けれどどれもしっくりこなくて、髪型をかえてみたら? というルティアの提案は結局聞かなかったことになってしまった。そんなことを思い出しながら最後に髪どめを手にとって、くすり、と吐息だけで笑う。
どの髪型を試してもしっくりこなかった理由なんて、本当は知っている。誰にも知らせるつもりはないけれど、自分だけは誤魔化せない。
――二年前のリムルしか知らない彼が、これ以上自分を見失わないように。
けなげというよりは、愚かな希望だとわかっている。彼が生きていることを確信しているとはいえ、再び彼に会う確証はなくて、それなのに再会を心待ちにしている自分の愚かさなんてわかりきっている。
リムルからは、彼を捜す努力はしていない。
それなのに、彼が自分を捜し出してくれることを願って――祈って、いる。
それがどんなに愚かか、怠惰か、ずるいのか。わかりきっているのに、それ以外は選べなかった。せめてもの抵抗が、あのころと同じ髪形で、あのころと似たような印象の服を選ぶこと。
彼が、もしも本当にリムルを捜してここにきてくれたなら。
リムルがリムルだと、すぐに気づかなくてもいい。それは仕方がない。けれど、引っかかりくらいは覚えてほしい。もしかしたら、と注視してほしい。少しでも今のリムルに引っかかってくれたなら、――勘の鋭さにはそこそこ自信がある。
リムルがフェイズに気づくまでの時間稼ぎになればいい。
「……おなか、すいたのよ」
鏡の中のリムルがつぶやいて、間をおかずぐくぅ、と音がする。
畑の作物は今日こそ収穫できるだろう。ウドレーでもらった食料もまだ十分に残っている。教えてもらった料理を試してみるのもいいし、ああ、けれど今日は子供たちに呪紋を教える約束をしてあった。早く身支度をして軽く食べないと、村の復興状況を見にくる大人たちと一緒に子供たちが到着してしまう。
ただ扉の前に立つだけで勝手に開いてくれる便利な星の船とは違う、重い扉を両手で開けて外に出たなら、まぶしいくらいの快晴だった。洗濯日和だな、布団を干そうかな、なんてことをふと思って、けれど、
今日のこの空は。同胞たちを助けたい、と彼が後ろも見ずに去っていった、あの日の空となんだかよく似ているような気がして、
先ほどは我慢した涙が、ああ、今度こそこぼれてしまいそうでリムルはあわててまたたきをくり返す。
