SRFに選抜されたと知って、初めての公休日。一緒に帰る約束を――しなくてもいつも一緒に帰るエッジはなぜだかクロウに引っ張られていったとかで、そういえばこの道を一人で歩くのはずいぶん久しぶりかもしれない。
最初こそうきうきと珍しさを堪能していたのが、そのうちになんだかつまらなくなって、あとはひたすら機械的に脚を進ませながら両親になんと報告するかなどのシミュレーションを脳内でくり広げる。
――ああ、でも。
――先にエッジがもしも帰っているなら。
――彼の口から、すでに伝わっているかもしれない。
結局は頭の中から追い出したはずのエッジが出しゃばってきたところで、おもしろくないのとつまらないのと淋しいのがごちゃ混ぜになったところで、タイミングがいいのか悪いのかサイオンジの家にたどり着いた。
門を開けてもらおうとインターフォンに指を乗せるか乗せないか。いきなり脇からのびてきた手にそれを邪魔される。
「な、っ」
「お帰りで、ただいま。レイミ」
「……って、エッジ? と、クロウさん。こんにちは」
「ああ、そうか。レイミちゃんとは今日会ってなかったっけ。こんにちは。今帰り?」
「はい。ちょっと雑用があって……エッジに言づけようと思ったら、クロウさんにさらわれてったよ、なんて逆に伝言もらいましたけど」
「せっかくのツテで人手が欲しかったから急いでたんだよなー。ごめん、レイミちゃん」
「いえその、クロウさんが謝ることでもないと思いますけど……」
「ていうかクロウおまえレイミに近すぎだ! どけ!!」
ひとしきりいつものようにかるく騒いで、ふとふたりが提げている袋に気がついた。キャンバス生地の素材そのままの素朴さ全開の手提げ袋。中身はどうやら軽いものではないらしい。そしてふたりの荷物が他にないところから察するに、まずふたりでサイオンジ家に荷物をおいてからそのツテとやらに出かけて行ったのだろうか。
レイミの視線が荷物に移ったことを察したか、クロウがさわやかに笑う。
「まあ、まずは中に入れてほしいな。あ、ちなみに例の件の報告はまだだから」
「……だからおまえがそういうのを言うなよ!」
「前々から思ってたけど、エッジ、おまえ年上を「おまえ」呼ばわりするのはどうかと思うぞ?」
「クロウなんかおまえで十分だと思ってるからそう呼んでるだけだよ!!」
「――ああもう、エッジ。とりあえずここで騒ぐといろいろ迷惑だから。家に入りましょう? クロウさん、どうぞ」
「そうそう、はいりましょー。レイミちゃん、ありがとね」
「……くっ」
そして改めてインターフォンをおして、連絡いただけましたらお迎えに上がりましたのに、とあわてて出てきた運転手のなんとなくお小言めいた言葉を聞き流して、――多忙な両親は相変わらず不在だったのであとで、メールでも入れておこうかなと思ったら、事前に連絡をしていたかいあって今日は早めに帰ってくるとのこと。
まあ、早目といっても確実に夜なのだろうけれど。
ともあれサイオンジの名前はだてではない。両親はレイミとエッジがSRF隊員に選出されたことなんてきっとすでに知っているだろうと思えば、苦笑さえ浮かべる余裕がある。
「はー。やっぱりレイミちゃんちは、なんかくつろぐなー」
「ふふ、和室なんてクロウさんには馴染みないんじゃないですか?」
「まあ確かに全然ないけど、なんかこう、ほっとするよ? レイミちゃんがいるからかな」
「はいはいはいはい、ナチュラルにレイミ口説くなそこをどけエロクロウ」
「何言うんだバカエッジ。こんなん挨拶だろ。挨拶もしないなんてオニーサンは哀しいぞ」
「誰が誰の兄貴だってんだバカはおまえだろ!!」
たまにしか帰らない子どもたちの帰省時の部屋は、最近むしろ客間が多い。今日の場合はクロウがいたせいだろうけれど、やはり客間に通されて、とりあえず部屋に常備されている茶道具でお茶の用意をしながら、相変わらずさわがしいふたりにくすくすとレイミは笑う。
兄弟、というよりも悪友だろう。エッジは嫌がるけれど、レイミは見ていて楽しい。クロウもたぶん楽しんでエッジをからかっている。
「粗茶ですが、どうぞ。――ところでクロウさん? エッジかり出してまで何を持ってきたんですか??」
「あ、そうそう。忘れて――はなかったけど。ええと。
……こほん」
「?」
「……改まるなクロウ。気色悪い」
例の袋は卓が邪魔になってレイミに見えない。ただ、そこにあるのは確かで何やらごそごそやっていたクロウは、(そしてそのついでとばかりにエッジの頭をぽかりとやって彼とまたひともめ起こしそうだったのはさておき)
取り出したものを大切そうに、やおら卓の上にことりと置いた。
「……同じ立場でなんか違う気もするけど。
おめでとう、レイミちゃん。よくあの難関をクリアしました」
たいして大きくもない、それは。
レイミでさえその気になったならラッパのみができそうなサイズのそれは、ガラス製の瓶だった。一見してかなりの年代もので、もちろん中身いり。詳しくないレイミの目で見ても、
「……ええと、クロウさん? お気持ちは嬉しいんですけど、わたし、お酒は……」
「まあまあまあ。貴重品なんだ。かなり前から探してて、タイミングよく今日手に入ったって連絡あってね。本当は誕生日とか、もっとロマンチックな記念日にレイミちゃんとふたりきりで――あたっ」
「おまえ僕に説明したのと全然違うことほざいてるだろ!! つかおまえとレイミを二人きりなんかにできるか変態!」
「えー、やだエッジさんなに考えてるのーお?」
「きっしょくわるい声出すなエロクロウ!!」
いつもの騒音を背景に、宅に置かれた瓶をまじまじと見つめる。貴重、というのは確かだろう。見るからに古ぼけていて、けれど細かい傷や汚れは目立つものの瓶自体に大きな損傷はない。
瓶に貼られているぼろぼろのラベルには、
「……クロウさん!?」
「あ、ごめんねレイミちゃんほっぽっといちゃって」
「それはいいんですけど、これ……」
「気づいてくれたんだ。嬉しいな。
そ。レイミちゃんの生まれ年に仕込んだ、大戦生き残った――しかもちゃんと保存されていたお酒です。おんなのこにはおあつらえ向きに果実酒だしね」
「いっ、いただけませんよ貴重なもの、そんな……いただけるわけないじゃないですか!」
「ほらな、いっただろー。予想どおりだろー」
「でもレイミちゃんのために探したんだよ?」
「うっ」
「なのでここで開けちゃいます。……よ、っと。で、開けちゃったんでもう呑まなきゃダメだよこれ」
「ちょ……クロウさん強引!!」
「そうだ、横暴だぞクロウ!」
「大丈夫、他にもいろいろ買い込んできたから」
「だからそれ僕にした説明とだいぶ違う……!!」
「っていうかそれ全然話が違います!」
アルコールを飲んだことがないわけではない。けれどレイミの体質は体内に取りこんだそれを即座に無害なものに分解してしまうために、彼女は酔うことがない。
エッジは知らないその事実を、確かに知っているはずのクロウは。
それなのに、その日、そうやってレイミを酒の場に誘った。
どんな手回しをしたのかサイオンジ家の使用人たちはクロウの意図をすでに知っていて、肴になるものが次々卓に並んだ。予想どおり夜半すぎになってようやく顔を出した両親さえ、酒盛りをしていた三人の姿に欠片も驚いた顔を見せなかった。
そして――その酒は確かにとてもおいしいものだった。
口に含んでくらりとする度数に対して舌触りはなめらかで、どこまでもまろやかで、そしてやさしい。レイミに特殊体質がなかったなら呑みやすさにうっかり限度をこえて、確実に酔いつぶれていただろう。
事実、エッジはかなり初期にぐでんぐでんのべろべろになって沈んだ。
――こんなにおいしいお酒、わたしが呑んでいいのかな。
そんなことをつぶやいた気がする。
――いいのいいの、俺が許可するよ。レイミちゃんにだったら他のとっておきだって喜んでプレゼントしちゃうぜ?
そんなふうに笑われた気がする。
決して酔いつぶれたりはしないけれど。その日の記憶はなぜか曖昧だった。
ただ、とてもとてもおいしいお酒だったことだけは覚えている。
いつも太陽みたいなエッジと、いつもは太陽か月は判断つきにくいけれどその日は太陽のようだったクロウと。いつでも月にしかなれない自分と。
気心の知れた三人で酌み交わしたからだろうか。
またこうして三人で呑みたいと、あの時、強く強く思ったからだろうか。
