闇に呑まれた瞬間、もうダメだ、と思った。今まで何度もそう思い、けれど何とかなってきた旅だけれど、正真正銘もうこれで終わりだと思った。――今度こそ自分たちの負けだと。
銀河を背負っても、負けられないと思っても、いくら強く祈ってもどうしようもないことはある。
つい先ほどまで笑い、話していた友だちが、目が覚めたときには全員死んでしまっていた――それを告げられた時に悟ってしまった。
想いだけではどうにもならないことがある。自分には、ひとには、限界がある。
闇の牢獄に囚われ、そして誰よりもまっさきにこころまで闇に囚われたのはレイミだったと思う。
仲間は全員いた。先ほどまで命を預けていた武器はこの手にあった。
けれどそれは逆に絶望でしかなかった。
「外」からの助けを期待できない。そして、誰かがもしも恐慌状態におちいったなら仲間同士で殺しあうことになりかねない。もちろん武器がなくても同じことは起こりうるけれど、強力な武器で傷つけられたなら、血が流れる。そのにおいはきっと、ひとりの恐慌を他の誰かに伝播させる。
暗いことだけは次々思いついて、そんな自分に笑うしかない。
あのとき、聖域でやっと自分を肯定できた――そのかけらに手が届いたと思っていたけれど。結局は幻想でしかなかった。ずっとずっと、ずっと昔から。レイミのこころは闇に囚われていた。
――フェイズさんも、そうだったのかな。
――絶望に沈んでいる時に、グリゴリにつけ込まれたのかな。
洗脳されていない、と本人がいっていたけれど、誰もいない宮殿の最奥にひとり座していた彼はレイミの知っているフェイズとはずいぶん変質していたと思う。あんなにまっすぐだったのが、まるでねじ曲げられたような違和感。それは多分、紫水晶よりも鮮やかだった色が赤く染まっていたから、だけではないだろう。
きっと、そうであってほしい。
あんなに人懐こかった彼が、誰もいない、額ずくものさえいない世界にひとり取り残されるくらいなら、そうであってほしい。彼が尊敬していたエッジさえ手にかけて、それでも正気を保っているだなんて、それは残酷すぎる。
――そうだ、エッジ。
闇とはいえ、仄かな燐光をかためたような床のおかげで視界はまったくのゼロではなくて、だから仲間全員がこの空間に取りこまれたとわかった。仄明かりは闇に浮かぶいくつものグリゴリを照らしていて、それらはちらちらと小さな灯りを泡のように揺らめかせる。
灯りともいえないその仄灯りの向こうに見慣れた金髪がある。
うなだれているわけではなく、まっすぐにどこかを見つめていた。彼はあきらめていない、いや、彼はあきらめる人ではなかった。知っていたのに忘れていた自分に驚いて、ひとつふたつまたたく。
そのうちに、どうやら彼は何かを探しているわけではなく、じっと一点を見つめていることがわかって。何を見ているのか、目をこらしてもレイミの目には何も見えない。床の燐光は弱いのである程度の距離を隔てると闇に負けてしまう。その向こうはただ、奥行きさえわからない闇が広がるだけ。
――何をみているの?
問いかければいいのに言葉にならない。ここに囚われたからではなく、常にこころに闇を飼う自分が問いかけてはいけないような気がした。彼に関わる資格はないのだと。
そして、問いかけたところで答えが返ってきたところで、エッジと同じものが見えるとは限らなくて、それがこわい。同じフォーチュン・ベイビーで、けれどずっと感じていた彼との差を突きつけられるのがこわい。
特殊能力なんてなくてもエッジはきっと世界にとって特別な存在で、特殊能力がなければ、そしてサイオンジ家に生まれなければレイミはきっと平凡に違いなかった。
誰よりよくわかっている、そしていわれるまでもなくばかげた考えに囚われていると知っていて、けれど。どうやってそれから逃げ出せばいいのかがわからない。この闇の中から逃げる手段が、皆目見当つかないのと同じように。
助けてもらいたいのに、
助けられるのがこわい。
――ねえ、エッジ。
――ごめんね。こんなに弱くて、ごめん。
そのまま、果たしてどれだけの時間が経ったのかはわからない。バロックダークに突入してからどれだけ戦いをくり返したかもはや数えていなくて、疲労の極致となれば時間感覚はとうに消失している。加えてこの闇。
瞬きにすら満たない間だったのか、それとも数時間単位で時間が流れていたのか。
わからない、けれど不意にエッジが振り向いた。その顔はやはりいつもどおり、絶望の影さえ見えない。星が見えたとはしゃいでいた幼いころを思わせる無邪気な顔で、先ほどまで見つめていた一点を迷いなく指さす。
「光だ。あそこに行けば、きっとここから出られる」
――そんなもの、見えない。レイミには、そしてエッジ以外の仲間の誰にも。
「見間違いかもしれないけど、だからってここにいてどうにかなるかっていったらどうにもならないだろうしさ」
確かに。それこそやがて絶望にこころを喰われて、同士討ちさえはじめかねない。もしくは今はただ宙に浮いているだけのグリゴリが、何かよからぬ干渉をしてくる可能性もある。
「そんなに遠くないよ。目印がないからなんともいえないけど、たどりつけない遠くに見える光じゃないんだ」
仄明かりの中まっすぐな目は揺らがない。
「行こう」
この状況にあってさえ、ほがらかに笑うことができる強さはどこから来るのだろうか。その強さがあったなら、レイミにもエッジのいう光が見えたのだろうか。
「僕にしか見えないなら、僕が先導するよ。僕に見えないものがみんなに見えるなら、そっちの可能性だって試してみよう。
諦めるのは、試せる全部を試した後でもいいだろう?」
――ああ、彼以外の誰がこのパーティのリーダーになれるというのだろう。
さあ、とレイミにさしだれた手は気づかないふりをした。誰の手も借りないまま、エッジの指す方向へゆっくりと踏み出す。
エッジのいう光なんて、やはり見えないけれど。
レイミの光は、いつだってエッジだから。
迷いは今もこころにあるけれど。
光だって、この胸に灯っている。
それにやっと気づいた自分が、情けなくて恥ずかしくて、少しだけ誇らしい。
