なりゆきで同行するようになった一行は、やたらと女子どもが多かった。多少闘いに慣れているとはいえ職業軍人でないなら非戦闘員、保護する必要があると当初は考えていたものの。そんな彼の親切心を吹っ飛ばすくらいに、女子供だという免罪符を全力で前面に出して、かなう限り誰にも関わりたくない彼に迫ってくる。
仏頂面も目つきの悪さも態度の乱雑さもまるで通用しなかった。
そして強敵ぞろいのその中でも、とりわけいちばん厄介なのは。
「…………」
「あら? おチビちゃんが探していたわよ」
――そんなもん知っている、とはいえなかった。
関わるとお互いに不幸だというのに、同行者=仲間=仲良くしなければ、という丸きりわけのわからない理屈を振りかざされ、大して広くもない船内をあちこち逃げ回っているときだった。ここなら多少は息を吐けるか、と開けたシミュレーションルームには先客がいた。
鮮やかな色の髪に、防御を無視した身体のラインを強調する服装。紅をさした艶やかなくちびるはたいていが蠱惑的な笑みを刻んでいる。今も。
「……邪魔したな」
「待ちなさい」
確認した瞬間に回れ右をして、とっととその場を離れようとしたけれど遅かった。別に服を引っ張られたとかの物理的な何かがあったわけではないけれど、この声を無視したならろくでもない目に遭わされることはここ数日で学習している。
目だけを背後に向けたなら、やはり微笑んでいる女がこちらへ来いと指先で招いていて。
戦場に散るのが夢の、死すら恐れない自分はどこへいったのか。見てしまえばいよいよ無視できなくて、しぶしぶもう一度きびすを返す。
背後で扉が閉まった。
逃げ場を失ったと思うほど、この女の何が苦手なのかわからない。
「……何か用か」
「あら、別に? ただおチビちゃんから逃げ回っている自称死神さんがかわいそうになったから、ちょっと逃走のお手伝いしてあげようかしらって」
えらいいわれようだ。が、なんだかもう反応することすら馬鹿らしかった。いろいろに疲弊して表情すら作るのが面倒くさくてその場に立ち尽くせば、やれやれと女が大げさに肩をすくめる。
「適当に相手してあげればいいのに、下手に逃げ回るから追いかけられるのよ?」
「……懐かれる方が厄介だろうが」
「すでに懐かれているんだから腹をくくれってこと。いいじゃない。かわいい娘に好かれて何が不満なのかしら」
「…………迷惑だ」
「どうしようもないわね」
「……」
ばっさり斬り捨てられて、何も反応する気もなくて、そして会話が途絶えたなら再びやれやれと肩がすくめられる。思うところは何もない。彼の完璧な無表情に、さらに女が呆れの息を吐く。
同行を決めた以上は戦闘要員としてそれなりに働くつもりはある。が、これはその範疇外だろうという彼の理屈は、どうしてことごとくこの船の連中に通じないのだろうか。
闘いなら腕に覚えがある。船の操縦も。けれどそれ以外には興味がないし、実際役に立つほどの何かがあるわけでもないし、とりわけ人間関係は苦手だ。だから戦闘時以外は放っておいてほしい。たったそれだけのささやかな願いは、けれど誰にもまったく通じない。
呆れの表情を全面に浮かべていた女は、やおら彼に背を向けると部屋中央の機械をいじり出した。――そうか、シミュレーションでもしていれば邪魔は……入るか。あの熱血船長あたりが、手合わせしよう! とかほざきつつ飛び込んできそうな気がする。
――虚しい。
――与えられたのが一人部屋なら、鍵でもかけて閉じこもりたくなるくらいに虚しい。
後ろ向き一直線の彼の思考に気づいていないのか無視しているのか、女はやたら長く機械をいじっていたかと思うと不意に手を止めた。シミュレーションプログラムでも組んでいたのかと眺めていれば、いきなり照明が強くなる。
……瞬きをひとつ。
…………なんだこれは。
基調は白、そしてまじるやわらかな桃色。窓の向こうにはつくりものの夕空が色鮮やかで、そこから吹き込む風がやわらかくレースのカーテンを揺らす。広いフローリングには大きめのソファが置かれ、そのまんなかあたりにクッションが二つ。壁のあたりに間接照明と、抱えるサイズのバーニィのぬいぐるみ他がなにやら配置されている。
――なんだ、これは。
この、平和を切り取ったようなやたら甘い部屋は。
「いっておくけどほとんどがルシオの趣味よ。男のひとってけっこう乙女よね」
「……なんでもいいが……」
――なんでもいいけれど、なぜこれに俺を巻きこむ。
目が点になって、思考が停止していたらしい。腕に何かの感触を覚えて呆然と見下ろせば、彼の腕を抱えた女がにこやかに艶やかに微笑んでいる。
「ルシオの弔いだ、っていえば納得してくれるかしら?」
「………………無理だ」
「そうよね。
じゃあいい方変えるわ。おままごとにつき合いなさい」
――わけがわからない、本当にわけがわからない。
――……その純白のエプロンはいつの間に身につけたんだ。
「ルシオの夢で、私もちょっと楽しみにしていたのよ。甘々らぶらぶの新婚生活。彼のこと知らないわけじゃないんだし、あなたはルシオの役ね」
――おままごと?
――あまあまらぶらぶのしんこんせいかつ……??
「……ちょっと待て!!」
「大丈夫よ。別にキスしろとかハグしろとか、あまつさえ甘い台詞でほめちぎれとか、そんな無理いわないから」
「そうじゃなくて……」
「やだわ、そんな本気で怯えなくてもいいじゃない。
そのままつっ立っててくれれば十分よ、十分」
「……おい!?」
結局わけがわからない。けれどわけがわからないなりに腰の引けた彼を、一部の隙もなく完璧に微笑む女は逃がさない。腕をつかんでいた手はどいたけれど、逃がしてくれるような隙は見当たらない。
これは。
いっそひょっとして、これはグリゴリと一対一で対峙するよりも……?
「……おかえりなさい」
ふわり、と女が――ミュリアが笑った。いつも浮かべている微笑ではなく、(主に彼を)からかう笑みでもなく。幸せに自然こぼれるような、花ひらく純白の、
「遅かったじゃない。夕飯、せっかくはりきって作ったのにさめちゃうかと思ったわ」
そしてこちらにのばされた手が、……細かくふるえていることに不意に気づく。彼すら見とれたその笑みに、どことなく涙の色が混じっていることも。
「ふふ……夢だったの。家を守って、仕事帰りのあなたを迎えること」
つっ立っていろと、いわれた。いわれたけれど、――普段のしたたかな女傑とはまったく雰囲気の違うミュリアに呑まれて、思わず手が動いていた。
囲い込んだ頼りない身体が、やはり細かく震えている。
「――……ルシオ、おかえりなさい……」
「ああ……ただいま」
女に呑まれて、そして気がついたなら死んだ男のふりをして、そんなことをつぶやいていた。
「……ついてくるな」
「あら、あなたが私の前を歩いているだけよ。自意識過剰なんじゃない?」
かつかつかつ、床を蹴りつける勢いで長い脚を最大限活かして歩くというよりは走る以上の猛スピードでエイルマットが移動する。そのあとを、かつかつかつかつ、負けじと優雅に急ぐミュリアがにこやかに追いかける。
「感謝してるのよー。単なる朴念仁かと思えば、ちゃんと空気読んでくれて」
「知らん、忘れろ。ついてくるな」
「だから偶然じゃない、いやあね」
本来逃げていたはずのチビちゃんことリムルに見つかったのはとっくにわかっているけれど、まずはこの女をまく方が先だった。平然とついてくるけれど。
「本気で感謝しているわ、エイルマット」
「だったら忘れろ。そしてついてくるなといっている」
「借りっぱなしは性に合わないから仕方ないじゃない」
「ついてこない方が助かる」
「謙遜は必要ないわよ」
「本心だ!!」
どこまでがからかいでどこからが本気がわからない。
怒鳴った声に懇願の響きが含まれていることに、なぜこの船の誰も気づいてくれないのか。
