銀色の髪、黒いマントの女性が手のひらで何気なく空中に円を描いた。リムルがケルベロスを召還するときとよく似た瞬間の空間のざわめきがあって、そして地面に複雑な紋様とピンク色のもふもふした動物が現れる。
間近い位置ではっと息を呑む音。仰ぎ見たならフェイズが驚愕そのものの顔で、しかし次の瞬間には好奇心と尊敬と、そういったものできらきらした顔になって。
ふい、と顔を逸らすと、召還されたバーニィと、そして地面に残る紋様をじっと見下ろした。
フェイズがレイミに向けた、召還術の理論が興奮気味の熱のこもった声が、右耳から左耳に抜けていく。

―― 少しだけ速まる鼓動

基本的には、ケルベロスの召還と同じものだ。

ベッドに横になって、眠りに落ちるまでの間。目を伏せて意識が拡散していく隙間の時間、シャボン玉のような思考がはじける。
魔界からケルベロスを呼び出すように、この世界のどこかから誰かを呼び出す。星と星、虚無の空間を飛び越えてヒトをモノを瞬間的に移動させる。
ゼロからそんな術を組み立てることは難しいだろう。けれどケルベロスを呼び出す術をリムルは使うことができる。その術を応用すれば、あれを真似することはできる。まったく同じ術にはならないけれど、それでも。結果が同じ別の術なら――たぶん。

とろとろと意識がまどろみながら、リムルの思考は進んでいく。

リムルの術の中の、ケルベロスという単体の特定。魔界という世界の特定。単純にそれらを入れ替えるだけでは生じてしまう、術の矛盾点がいくつか。そういった問題点を一つひとつ解消したなら。
召還の呪文を思い浮かべる。ケルベロスがくぐり抜ける空中の門を、あの紋章を、バーニィの召還後にしばらく地面に残っていたあれと同じにするにはどうしたらいいだろう。

意識はまどろみにあるのに、思考は止まらない。

◇◆◇◆◇◆

レイミは紋章術を何でもできる魔法のように思っているらしいけれど、実際は違う。れっきとした理論で働く、感覚や発想だけのおとぎ話とはほど遠いものだ。
ケルベロス召還の術の総ざらい。
任意の部分を別のモノに置き換えた、新しい術の組立。
そして、生じる問題点と矛盾点の洗い出し。
それらの修正をすませて理論が組み上がったら、小さなものから実験して理論が正しいことを確認する。
すべて正しいはずなのにうまく術が発動しないことはないから、もしも発動しないのならどこか何かがおかしいことになる。単純に足りないものがあるのかもしれない。あるいはリムルの魔力不足や、そういった根本的な何かが。
もしもそうなったなら、増幅のための措置を何か考えなくては。……転送の呪文に、トリオムの村の各所に描いていた、あのおえかきは使えないだろうか。それが描かれた対象を移動させる、としたなら個体の特定はずいぶん楽になる。

同じ術を組み立てなければならないわけではない。
リムルのちからで、あれと似たようなことを起こしたいだけ。
だから、本当は大したことではないけれど、もしも。
もしもリムルが転送の呪文を使ってみせたなら、フェイズは驚くだろうか。リムルはすごいですね、と、口だけでは表面だけではない賞賛をもらえるだろうか。
あのとき、銀色の髪の女性に向けられたあのきらきらした笑顔を。リムルにも向けてくれるだろうか。どこで息継ぎをしているのか不思議に思うほどの、あの熱のこもった声で。リムルに質問をぶつけてきたりするのだろうか。
いつもはつんとすまして大人ぶっているくせに、そういうときだけは幼くて純粋でまっすぐな。
あの目で、リムルを見るだろうか。
――フェイズ、は、
転送の術を覚えたなら、少しでもリムルを対等に見てくれるだろうか。
尊敬なんていらない、特別な相手だと線を引いてほしいわけがない。ただ、外見の幼さ、それだけではないなにか。保護する対象としてしか見られていない今を、覆すことはできるだろうか。ただ護られたいわけではなくて、対等に歩いていきたいリムルの気持ちを、理解してくれるだろうか。
――……フェイズは、

「違うのよ。……別にフェイズなんてどうでもいいのよ」
あわてて否定したつもりが、ずいぶん寝ぼけて間延びした声になっていた。元から眠りに落ちかけていた意識は、それを最後に完全に拡散する。

とくとくとく、少しだけ速い鼓動の。
――その理由は、知らない。

―― End ――
2009/11/23UP
仄恋十題_so4フェイズ×リムル_
OFP
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少しだけ速まる鼓動
[最終修正 - 2024/06/17-13:40]