――なにかへん、なのよ。
いつものように旅の道を行きながら、リムルはぼんやりとまたたいた。杖を握っていない方の手で何気なく額に触れて、そこにあった熱に自分で自分に驚く。そういえばやはりぼんやりした頭はいっこうに晴れないし、熱いのにぞくぞくと寒くて、たとえるなら喉の奥に何か大きなモノを飲み込んだように苦しかった。
けふり、吐き出した息までなんだか熱い。
――れーたん、えーたん。
道の先を開くエッジ、背後の敵を警戒するレイミ、どちらでもいい、呼ぼうとしたけれど――自覚したことで逆に急激に熱が回ったのか、声が出ない。
……まるでこの小さな身体の中でケルベロスが暴れているようだ。
冷静に考えたなら地獄の番犬にとても失礼なことを思ったのを最後に、意識がふつりと途切れた。――地面に倒れこむその直前、何かが支えてくれたおかげで痛くはなかった、そんな気がしたけれど。
ゆらゆら、揺れている。
――ああ、祖父に背負われている。
広い背に、大きな背に、背負われ、包まれ、守られている。
――祖父と思ったけれど、それはひょっとしたなら父かもしれない。母なのかもしれない。
わからない、自分を背負うその顔を、髪の色を懸命に見ようとするけれど叶わない。ただその背にひどく安心することは確かだった。
ああ、なんてあたたかい。こんなにも懐かしい、どこか切なくて、そして同時にとてもとても嬉しい。
みんないなくなってしまったのに。
赤い星へと行ってしまったはずなのに。
それを、自分は知っているのに。
もう会うことはできないのだと――そう、ちゃんと分かっているのに。
ゆらゆらと揺れている。あたたかい背に身をあずけて、不安は何もなく、ただうとうととまどろんでいる。
祖父のようで、父のようで、母かもしれない、誰かの背で。
幸せに包まれて、こんなにも幸せの中にあって、
「……リムル?」
「…………ふぇい、ず……」
夢を見ていたのか、それとも寝ぼけていたのか。視界の隅でさらりと鮮やかな色が動いて、その向こうに紫が見えてリムルはまたたいた。見間違えようもない、この色。
「体調が悪いなら、倒れる前に何かいってください」
きれいに整ったかお、眉をひそめて何かをいっている。何をいっているのかは、よくわからない。ちゃんと聞き取ろうと思うことができない。
ただ、……きっと心配してくれたのだろう、というのは分かった。
きっととてもとても心配して、だからこうしてリムルの意識が戻ったので、嬉しさがひねくれてきっと何かの文句をいっているのだろう。
――心配してくれたなら、嬉しい。
フェイズが自分を心配してくれたなら、嬉しい。
まだ彼が何かをいっているのを無視して、黒いマントの奥の白い彼の服に顔をうめる。細いのに、頼りないのに、その背は広かった。小さなリムルの身体には、頼りないフェイズの背で十分だった。
この背中で、よかった。
この背中が良かった。
あんなに広かった祖父の背も、よく覚えていない父や母の背も、好きだけれど。
今はここが、いちばん居心地がいい。
ため息が聞こえて、どうやら彼は文句をあきらめて前を向いたようだった。きっとリムルの意識が戻ったことを伝えるためだろう、リムルではないどこかに声をむけて、フェイズの身体ごしに伝わるその声と声の振動がリムルを再び眠りに誘う。
ここがいちばん居心地がいい、と思った自分に驚いた。
驚いた瞬間、もぞもぞが広がってなんだか居心地が悪くなった。
けれど今は逃げられない。どうやら体調が悪くて、頭がぼうっとして、息も苦しくて、熱いのに寒いからここから逃げられない。
逃げられない、だから、逃げない。
逃げなくていい理由が、今はある。
とろり、意識が黒いマントにとけていくようだった。
フェイズのぬくもりに、なんだか思考が、
――こころがとけていくようだった。
