たったそれだけでどれだけ救われただろう。

―― 幸福なくちびるの持ち主

「えーたんもれーたんもいつもにこにこで嬉しいのよ」
幼い声に断言されて、どきりと動きを止めた。
「にこにこは良いことなのよ。フェイズも見習えばいいのよ」
続いた言葉になにを返したのかよく覚えていない。きっと当たり障りのない言葉を返したはずで、結果リムルは満足そうに去っていった。

手近なソファに、座るというよりは軽く体重を預ける。胸の底から沸き上がってきたものを吐き出せば、それは思ったよりも深いため息になって、自分で自分にぎょっとする。
――笑って、いると。
そう思わせたくて、そうしているのは確かで、目論見通りだと知って安心すればいいのに。見た目の幼さ以上に聡いリムルにさえ気取られていないなら、せめて苦笑でも浮かべればいいのに。
もう一度重い息を吐いて、レイミは額をそっと押さえる。

――そうか、そう見えているのか。

◇◆◇◆◇◆

自分の特異性を知ったのは、ずいぶん幼いころだった。幼いこころはそれをコンプレックスに分類して、その克服のために――もちろん名家と呼ばれる実家の重圧もあったけれど、必死に努力を重ねて「優秀な自分」を作り上げた。

外見は美しくかわいらしく、
所作ひとつとっても優雅に上品に、
知識の幅を広く頭の回転を早く、
精神統一の名目で――本当は別の目論見もあったものの――武道の腕も磨いて、
そして、どんな自分にも決しておごらず、誰に対してもやさしく親切に、
なにより――いつでもやわらかな笑顔で。

「さすがサイオンジの令嬢」ということばは、レイミにとっては賞賛ではなかった。そうあろうとして努力を重ねて、当然得なければならない合格のことばだった。幼いこころに巣くった闇は、そんなことばを小さな光明にしなければならないくらいに暗く深く、そしてせっかく得た結果にさえ喜びはなく、あるのはどこか後ろめたい安堵のみ。
素朴で素直な、リムルの幼い声でさえ。
ことば通りにこころに響かない。自分のいびつさを知っていたけれど、改めて突きつけられて、それはかえって苦いものを覚えさせる。

悪いのは、レイミだった。
そうとしか生きられない、弱く脆い自分自身だった。

◇◆◇◆◇◆

「――レイミ?」
「……っ、あ……エッジ」
「どうかしたのか? レイミなら座るなら座るでちゃんと腰おろすような……立ちくらみでも起こしたか?」
「ううん、違うの。そうじゃなくて……た、たまにはわたしも少しくらいだらけてみようかなーって」

どれだけ思考に沈んでいたのだろう。
不意にかけられた声にはっとすれば、眉を寄せたエッジにのぞき込まれていた。あわててなんでもないと微笑んでみせて、しかし長年のつきあいが基本的に鈍いはずのエッジを丸め込む邪魔をする。
ぴん、と額に走った感覚に目をまたたいたなら、軽くはじいた指が連打のかたちをとって、至近距離の碧が少し怒っている。

「レイミのこと信用してるけどさ、がんばりすぎる癖あるだろ。たまには息抜くこと覚えてもいいと思うけど」
「……息抜きばっかり上手な誰かさんにいわれると複雑だわ」
「なんとでもいえよ。……ほんとに平気なのか?」
「問題ないのよ、本当に」
「そうか?」

気にかけてもらえた――素の自分を、頭に何もつかない「レイミ」を気にかけてもらえた、たったそれだけでゆるみそうになる涙腺を必死に引き締めながら、くちびるが笑みのかたちをつくる。

◇◆◇◆◇◆

エッジはしらないだろう。彼にだけは何があってもしられないように必死になっているから、当たり前だけれど。そうであってほしい。
――いつも、何気ない彼のやさしさがレイミを闇から救ってくれる。

エッジには自覚がないことを承知で、それでも素のままの彼は何気なくレイミをすくい上げてくれる。他の誰かにもそうかもしれない。そう思えばおろかな嫉妬心がちくちくと騒ぐけれど、それでも。
彼のことばが、
あたたかい手が、
そのまっすぐな眼差しが、
――つよい、こころが。
簡単に闇にかたむくレイミを救う。光はこちらだと、彼女を呼んでくれる。大丈夫だよ、とまっすぐに笑いかけてくれる、たったそれだけでどれだけ救われただろう。

◇◆◇◆◇◆

「――ありがとう」
ここにいてくれて、わたしのそばにいてくれて。
わたしがそばにいることを許してくれて。

あなたに感謝の気持ちを伝えようとする。そんな自分でいられることが、嬉しい。

きょとんとまたたくエッジに――今度はこころからの笑みを向ける。
いつも笑っている、笑うことはいいことだ。――そうまっすぐにほめてくれたリムルに、こころのそこでそっと返す。

――わたしがいつも笑っていられるのは、
――エッジのそばに、いられるから。

彼がここにいないなら、きっとつくりものの笑みしか浮かべられないだろう。不自然なそれはいつかひび割れて、そのうちに表面だけの笑みさえ浮かべられなくなるだろう。
弱いよわい、わたしだから。
「――エッジがいてくれて、良かった」
告げても、やはり彼はわけがわからないようで。ただ、でこぴんをつくっていた手がほどけて、軽く頭をなでていく。

―― End ――
2009/10/08UP
彩日十題_so4エッジ×レイミ_
OFP
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幸福なくちびるの持ち主
[最終修正 - 2024/06/17-13:52]