思えば、自分は――自分たちは自然というものをまったく知らなかった。
ただのちっぽけな花ひとつ、見ることなく生きてきた。

―― 記念日には花束をよろしく

「……いい風」
それだけここまで来る人間が少ないのだろう。腰あたりまで生い茂った草むらをかきわけてのぼった坂の上、一気にひらけた視界と吹き抜けていった風にレイミは目を細めた。そして、パーティの先頭に立って薮こぎしたエッジが、ほぼ全身にくっついた草を払いながら額に浮いた汗をぬぐっているのに笑いかける。
「お疲れさま」
「うん、意外と大変だったよ。……なんだか変な感じだな、一度はこの道通ったのに」
「ふふふ。下り坂と上り坂じゃあ、勝手が違って当然じゃない」
惑星ローク、カルナスを停めた山上湖付近。バッカスに頼んだ光学迷彩は正常に機能していて、今は見えない宇宙船を眺めているようなエッジの口が苦い笑みに歪む。
「まあ、あの時はたぶんそれどころじゃなかったから仕方ないか」
「エッジ、もう、せっかく人が言及しないように気を使ったのに」
「あはは」
彼の笑いから影が――闇かもしれない、ともあれそういった暗いものがなくなっているのが嬉しい。苦いけれど、暗くない笑みが嬉しい。
「……降りたのがこの星で、良かったね」
「うん、そうだな」
小さな、独白に近かったつぶやきちゃんと拾いあげてくれたエッジが嬉しくてもう一度微笑んだとき、ひょう、と再び風が吹いた。結い上げている髪がさらわれて、それだけの強さの風に思わず目をすがめる。脇のほうでにぎやかに上がった悲鳴はメリクルだろうか。

「ああ、意外と風が強いな。ウェルチも大至急って言ってたし、船に入ろうか」
そういったエッジが、しかしその場に立ち止まったままなのに小首をかしげる。何かあったのだろうか。
「……どうかしたの?」
「ん、ああ……全然気づかなかったけど、花が咲いてるなあって」
「花?」
いわれて彼の視線を追えば、なるほど、確かにちらほらと花をつけた草が風に揺れている。
「そうね」
「考えてみたならこうやってのんびり花さえ見るのもなんだか久しぶりだよ」
タラップ部分だけ迷彩解除して、今度は素直にのぼるエッジが淡く笑っている。
「……そもそも花自体、ちゃんと見たのってエイオスが最初だったけどさ」
「――……そう、ね」

◇◆◇◆◇◆

思えば、自分は――自分たちは自然というものをまったく知らなかった。大戦前を知る大人たちの昔語りの中に、あるいは過去を懐かしんだホログラムの中に、それは当たり前のようにあったけれど。大戦より後に生まれた子どもたちの誰一人、ホンモノの自然というものを知らずに生きてきた。
ただのちっぽけな花ひとつ、見ることなく生きてきた。
ホンモノに触れてはじめて、今まで見知っていたモノがどれだけ不自然な作りものだったのかを知るのは、果たして幸せなのだろうか。それとも不幸なのだろうか。

「レイミの両親をこの星に呼んだら、どんな反応するかな」
ウェルチの機関銃のような文句と命令伝達とその他もろもろをやり過ごしたエッジがくすくすと笑っている。カルナスの発進準備を進めながら、レイミは肩をすくめた。
「とりあえず、この周辺に生えている花は華道には向かない、とかいいそうね」
「大輪の派手な花が好きだからなあ」
「……本人たちはそんな自覚ないみたいだけど」
エンジンまわりのチェックを特に念入りに、フェイズと合わせてパターンを変えたチェックプログラムを走らせながら、口元が笑っている自分が分かって内心あきれる。公私のけじめをきっちり分けるのが好きなのに、エッジにつられてちょっとゆるんでいる自分がなんだか悔しい。
「サイオンジは名家だからなあ……大戦があってもなくても、野草にはあんまり縁がない、か」
「ああ、でもアストラルの城下町でお花屋さんがあったから。ちゃんと見なかったけど、ああいうところでなら、何か好きそうなの見つかるかもしれないわ」
「……そんなのあったっけ?」
「ありましたよ、リーダー。実用的なものでもないからスルーしただけで」
「それはなんだか……もったいないことしたな」
「え。エッジがそう言うのって、なんだか意外」
一通り走らせたプログラムにエラーが返ってこないことを確認して、念のためもう一度同じことをくり返す。いつもなら時間の削減で、ランダムに選んだいくつかを走らせるだけだけれど、だいぶ大きな修理が終わった直後なので省略するのもなんだかこわい。

「だってレイミの誕生日、スルーしただろ」

そうして作業に没頭していたから、エッジの言葉に反応が遅れた。いや、他のメンバーも勢揃いのこの場でそんなことをいわれて、振り向く勇気がなかっただけかもしれない。
――だってレイミにプレゼントするために花を見繕いたい、としか聞こえなかった。
思った瞬間、ぼっと顔面が熱くなる。
サイオンジの英才教育が生きていてほしい、見た目には何の変化もないままであってほしい。動揺でふるえる指先が、どうか誰にもばれないでほしい。
なにも店で買った大輪の花束でなくても、エッジがくれるなら、先ほど風に揺れていたああいう野草で、あんな地味な小さな花で十分だよ、なんて。そんなことを思ったことを誰にも知られたくない。

◇◆◇◆◇◆

「――エッジさん、こちら発進準備ととのいました」
「こっちもオールグリーンよ。地球の機械は多少クセがあるけど、素直でいいわね」
「カルナスはエルダーの手もだいぶ入っていますけど。後はバッカスさんが少々手を入れてくださっていますし」
「ああ、それで。なんだか見覚えがあると思ったら」
「む。……何か問題でも、」
「ないない、単なる感想よ。気にしないでちょうだい」
「――レイミさん、そちらはいかがですか?」
「あ、っ、ああ。……こちらもチェック完了。問題ありません」
「じゃあ、そろそろロークから出発するとしますか」
……ああ、まったく平然としているエッジがいっそ憎い。

――来年の誕生日、何がなんでもプレゼントせしめてみせるから!!
カルナスはいつものようにスムーズにロークを飛び立った。ルーチンワークのいつもの作業をこなしながら、ある意味不穏な決意をしたレイミの脳裏に、風に揺れる花が消えない。

なんだかあの花がまた見たいと思った。
そうだ、花束でなくてもかまわない――ただ、いつかまたエッジとあの花を見たい。このロークに、またあのちっぽけで地味な花を見にきたい。
なんだかふとそんなことを思った。

―― End ――
2010/04/20UP
彩日十題_so4エッジ×レイミ_
OFP
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記念日には花束をよろしく
[最終修正 - 2024/06/17-13:53]