遠くで、なにやら低い、しかしものすごい怒鳴り声を聞いた。
「フェイトぉぉぉぉぉおおぉぉぉっ!!!!」
クリフのことは嫌いではないが、むしろ自分を養い育ててくれた過去があるわけで、それを別にしても間違いなく好きの部類に入るのだが。だからといってこの歳で養父の声に叩き起こされるのはどうかと思う。大体、朝っぱらから何を騒いでいるのか。
――などと、さすがに寝起きだけあってそんな間の抜けたことをぼんやりと考えながら、マリアはベッドから身を起こした。

―― Zum Beispiel, die Nachricht von heute 1

「フェイト!! キミ、一体今度はなにやらかしてくれたのよ!?」
五分後。先ほどのクリフの声すらかすむほどの大音量で怒鳴りながら、マリアがフェイトの部屋に飛び込んできた。よほど頭に血が上っているのか、身支度が途中なのは明らかで、しかしその服装の崩れ具合もなんとなく愛らしい。
特に。乱れがちの青く長い髪の間からのぞく、猫耳などが。
「おうマリア。……起きたか」
「クリフ……おはよう」
「これで全員そろったね。さあフェイト、どういうことだか説明してもらおうじゃないか」
「ネルさんネルさん、全員じゃないですアルベルさんがまだ来てません」
フェイトの襟首を掴んで吊し上げているクリフ、半眼で腰に手を当てているネル、そのネルに困ったような笑みを向けているソフィア。そして今にも引き金を引きそうな、銃を片手に絶対零度の微笑を口元に刻んだマリア。
それぞれ犬やら猫やら狐やら鳥やらの、耳が生えていたり尻尾が生えていたり翼が生えていたり。普段存在しないモノがくっついているせいで身支度もままならず、全員が全員寝間着のような格好だった。
「みんなよく似合ってるよ」
無駄に無意味にさわやかに、吊し上げられているくせにいつもと同じしれっとした態度で笑うフェイトに、全員の鋭すぎる視線が突き刺さる。

◇◆◇◆◇◆

ここがサーフェリオで、予備の服があって、そして手先の器用なソフィアとネルがそろっていて心底良かったと、マリアは小さく息を吐いた。亜人たちに服を見せてもらってその構造を理解した二人が、急遽手持ちの服を改造して、どうにか体裁を整えることはできたから。
現在地、水没都市サーフェリオ、村長の家の一角。家の主人家族が、物陰から好奇心に目を輝かせてこちらを見ている。
「……で?」
逃げないようにロープでぐるぐる巻きにされたフェイトを、ことさらきつい目でにらみ付けるマリア。似たような目で仲間全員――どうにか落ち着いたクリフが叩き起こしたアルベルも含めて――に睨み付けられ見下ろされ、少し、ほんの少しだけ、腹黒王子(ソフィア談)のいつもの笑顔が引きつっている。
「なんだってあたしらをいちいち巻き込むのか、素直にしゃべった方が――身のためだよ?」
よほど腹に据えかねているのか、握りしめた短剣をその喉元に突き付けて狐ネルが唸る。ふさふさとした尻尾がぶわっと膨らんで、尖った耳まで激情に毛を逆立てる。怒りのために余分な力が入っているらしく、ふるふると震える切っ先が今にも肌を斬り裂きそうだ。
「……お前のくだらない思い付きとムダな行動力にちんたら付き合ってられるほど、のんびりしてられないんだぜ? 分かってるかフェイト、事態は一刻を争うんだ」
ぼきり、ばきりと拳を鳴らす犬クリフが剣呑な目をする。ただでさえゴツい身体が、纏う獣じみた雰囲気でさらに凶悪なものになっていて、むき出しの犬歯がイイ感じに悪寒を煽る。
「フェイト……少し離れている間に、腹黒に磨きがかかったんじゃない……?」
どこまでも可愛らしく、しかし杖をメイスのように構えた犬ソフィアが頬を膨らませ、
「――阿呆が」
それだけを吐き捨てる猫アルベルが、しかし鋭い爪の伸びた右手は剣の柄にかかっているし、左の鉄爪は獲物を求めてわきわきしている。ついでに尻尾も――ネルほどではないものの、ずいぶんと膨らんでいて。つまりは殺る気マンマンで。
「さあ、納得できる説明をしてもらおうじゃない」
最後に猫マリアがそう締めくくった。
耳を立ててこれ見よがしに銃を構えると、しかしその間になぜか立ち直ったらしい鳥フェイトが、二の腕から翼になった肩をやれやれとすくめている。
かちーん。全員の額に青筋がひとつずつ追加される。
「……だってさー」
さらにかったるいいいわけの声。喉に突き付けられた、手入れの行き届いた刃物がさらに大きく震えるのも、まるで気にしない。
「性転換と獣化・半獣化、それと年齢操作は基本じゃないか」
「「「「「何のだ!!!!」」」」
――その時。期せずして、全員のツッコミの声がハモった。

◇◆◇◆◇◆

「効果時間は丸一日……副作用はない、ね。ああもう、狙ってそんな薬作れる頭があるなら、別のところに回すべきだわ」
いらいらとつぶやきながら、マリアが部屋の中をうろうろしている。それに合わせて長い尻尾がゆらゆらと揺れていて、ベッドに腰を下ろしたアルベルはそれをじっと見ていた。
別に見たくて見ているわけではなく。外見だけではなくてこんなところにも影響が出ているのか、そういった動くものが、今はなんとなく気になる。
なにしろ猫だから。

とりあえず。
劇的な効果に比べて、ずいぶん遅効性の薬もあったもので。フェイトが仲間全員に薬を盛ったのは、どうやら昨日の昼にキャンプしたときだったらしい。料理の腕そのものは特筆するほど上手というわけではないものの、何かとこまめなフェイトが手伝いを申し出るのはいつものことだから。何の警戒も抱かずにその申し出に礼まで言って、調理のサポートから片付けまでコキ使って、結果こんな事態を呼び込むことになった。――おかげで昨日の昼の料理当番、ネルが頭を抱えて落ち込んだりしたが。
それはさておき。
いくら効果時間が決まっていると言われても、それは到底信用できなかった。中和薬、もしくは解毒薬が作れるならば、それにこしたことはないという結論が出る。かくしてフェイトとお目付け役のクリフ、そしてなぜかソフィアの三人が、ここから一番近い工房のある町、交易都市ペターニに向かって出発した。

◇◆◇◆◇◆

部屋にいるのはアルベルとマリアだけで、ネルは何かをしていないと落ち着かないと、台所で料理をしている。そもそも騒ぎのせいで朝食すら逃していて、頭がはっきりすればするほど胃が不平を訴えてきたから、二人ともそんなネルに特に何も口出ししなかった。
が。
アルベルはこの状況にだんだん頭を抱えたくなってきた。
マリアもアルベルも、今は半分猫だ。クリフ曰く、血統書付きの高級猫と、ひと山いくらの野良猫……らしい。どちらがどちらなのかは言うまでもなく、そういうクリフとソフィアだって、同じ犬のクセにそれこそ飼い犬と野犬じゃねえか、などとアルベルが空きっ腹に殺意を抱いたりもしたのだが。――それはともかく。
なにしろ、猫なのだ。
つややかな長い髪から覗く、ぴんと立った大きな耳。いつものあの服では何か不都合があったのか、今はソフィアの服を着ている。その見慣れないプリーツのミニスカートから生えた長い尻尾。普段よりもさらにキツさを増した目は、いかにも猫らしく光彩が縦に長い。
――ちなみにアルベルは、猫が嫌いではない。
『猫耳って萌えの王道だよねっ♪』
不意に。フェイトのほがらかな、しかしどす黒いモノを含んだ能天気な声が聞こえた気がした。アルベルは思わず小さく身を震わせて周囲を探るが、もちろんクリフとソフィアに監視されながらペターニに向かったフェイトが、ここにいるはずがない。
「……どうかした? アルベル」
「……なんでもねえ……」
小首をかしげて近付いてくるマリアを、あっちに行けと手を振って遠ざけようとして、アルベルは唸る。なんだかこう、……嫌な予感がする。
「――そう?」
いや、嫌な予感どころではなくて。
遠ざけようとしたはずなのに、いつの間にかマリアはアルベルと並んでベッドに腰を下ろしていた。尻尾のおかげて座りが悪いのか、少しもぞもぞしている。
アルベルの目には、それがなんだかものすごく扇情的に見えた。
(誘ってるのか……って、阿呆。落ち着け俺……!!)
どうやら外見だけではなく、思考回路その他にも猫――いや、獣化の影響が出ているらしい。男の中で唐突に、理性と本能が壮絶な一騎打ちをはじめる。
マリアはそんなこともちろん知るはずもなく、当然自分が男を追いつめていることなど考え付きもしない。耳をぴくぴくさせながら邪魔な自分の尻尾を眺めていたのが、何を思ったか、外見は凍り付いているアルベルの、内面の闘いの激しさを示すようにそこだけゆらゆら揺れている尻尾に手を伸ばした。

―― Next ――
2003/10/29執筆 2004/05/21UP
アルベル×マリア
OFP
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Zum Beispiel, die Nachricht von heute 1 2
[最終修正 - 2024/06/21-10:37]