からかうような、いっそそれは挑戦的な。
けれどまっすぐな目は、そこに宿る強い光は何よりも美しくて。
「……眠れないのかしら、アルベル?」
「っ!?」
気配は確かにそこにあった。けれど寝入っているものと不覚にも思い込んでいたから、ぎくりと彼は身体をこわばらせた。
ゆるりと顔を向けたなら、そこには猫のような笑みを浮かべる女がいて。
その目がふっと落ちれば、たったそれだけがなんだかおもしろくない自分がいて。
アーリグリフの地下牢で、あの日、一行と行動を共にしはじめてから。たとえば互いに名を覚えるほどに、たとえば互いに信頼を置くほどに、たとえば情けに似た心を抱くほどに抱かれるほどに、たとえば――それだけの時間が経過していた。
けれどその時間は一行の全員と馴れ合うほどに長いわけではなく、だから時おり――たとえばこうして今夜のように。ふと目覚めた夜中、すぐ近くにわだかまる人の気配に心ざわめく日もないわけではなくて。
そうして目醒めた夜には、再びのまどろみはずいぶん遠い。気分転換に周囲を一回りしようとして、けれどこうして女にそれと気付かれてしまったから。
ほんのかすかに迷ったあげく、彼は足を向ける方向を変えた。近づく気配に足音に女は一度だけ目を上げてから、再びなんでもないように自分の作業に戻る。それがおもしろくなくてわざと乱暴にその脇に腰を下ろしたなら、ふと手が止まると音のない息を吐かれた。
「……何よ」
「てめえこそこんな時間に何してやがる」
「見れば分かるじゃない」
彼女の存在に気付かなかった先ほどの自分はまったく迂闊に違いない、女の手元だけを照らすように器用に調整された灯りに浮かび上がるのは。その細い指先と、そして女が日々振り回している、彼には構造がまるで理解できない女の得物だった。
「……何してやがった」
おおよそ予想は付くもののしつこくくり返したなら、今度はうんざりを前面に出したため息。いかにも手先の器用な指先が小さな部品をつまんで、逆の手にはどうやら油をしみこませた布を持っていて、それで彼にも見えるように部品を磨いてみせる。
「見て分かりなさい、武器の手入れよ。たまにはこうしてちゃんとした分解整備をしないと、精密機械なんだもの。暴発はしないにしても、いざというときに使えなかったら困るですまないわ」
「こんな時間に?」
「……そうよ、こんな時間に」
短いような長いような時間の間に、変わらないこと変わったこといくつもがある。
変わったことといえば、たとえばこうして手元を覗き込むような間近い距離にいても女が彼に身構えなくなったこと。たとえばそんな女をアルベルがかなり気に入ったこと、その自覚をしたこと。
たとえば、互いが互いに。性質的によく似た存在だと、認めるようになったことで。
他でもない自分によく似た女のことだから、鈍い彼にもなんだか分かった。明確な言葉にできるほどではないけれど、何となく分かったような気がする。
もちろん、確かに得物の手入れをしてはいたのだろう。けれどそうしてしまったのは、こんな野宿の夜中に起きていたのは、
「……眠れないのは俺じゃねえだろ」
「否定も肯定もしなかったはずだし、するつもりもないけど」
「よくよくひねくれてるな、てめえも」
「歪、なんて二つ名で呼ばれるキミにそんなこといわれるなんて、それって誉められているのかしらけなされているのかしら」
「好きにしろ」
交わす間にも迷いのない手は動き続けて、やがてそれですべてだったのか細かな部品を磨く作業は不意に止まった。布を置いて彼の目には複雑なパズルにしか見えないそれらを組上げはじめて、戸惑いもなく部品のひとつさえあまらせることもなく、あっという間にそれは今ではそれなりに見慣れたいつもの機械の姿になる。
――自分も得物の手入れをしようか。
眠気の訪れない頭がぼんやりとそんなことを思った。そのままぼんやりと眺め続けたなら、することのなくなった細い手は念入りに洗い込まれたあと、石鹸のにおいを漂わせながらそっと細いあごに触れている。
すべてを凝視されていることにきっと気付きながら、けれど女はそれに対しての文句を口にしない。
