子供っぽいいいわけに自然頬がゆるんで。
声を上げるわけでもなくただ笑ったなら、けれどきっと吊り上がった目が彼をにらんだ。

―― Immunisierung 2

「……結局ね、要は慣れだと思うのよ」
「?」
こうして倒木を椅子代わりに腰掛けるには、いつもの定位置にそれがあるのは邪魔なのだろう。手を延ばしたなら触れるあたりに投げ出した無骨な鉄のカタマリを多分見たまま、ぽつりと女が声を上げた。
意味が、というよりも話の脈絡が分からなくてアルベルが眉を上げたなら、それを見ていたわけでもないだろうにひょいと肩がすくめられる。
「たとえば私が手元を見なくても銃を組上げられるのも。たとえばアルベル、キミが多分無意識の癖で周囲の気配をうかがうのも。
たとえばすぐそばに誰がいたって、それが明確に敵でなければ平和に寝こけることができるのも。たとえば深く寝入っているように見えて、ほんの些細な物音で目を醒ますことができるのも、たとえばその音に寝起きの状態で対処することができるのも。
全部ぜんぶ要は慣れの問題だって、私は思うわけ」
言葉につられて周囲を見たなら、なるほど、特にひそめているわけでもない声にまるで反応しない人影がひとつふたつみっつ。青いのと赤いのと黄色いのが、思い思いにぴくりともしない。
なんだか納得して、素直に納得した自分がなぜだか猛烈に悔しくて、
「……よっぽどいい暮らしに慣れきってたってわけかよ」
「キミが言うと何言っても変にいやらしく聞こえるわね」
ため息が降ってさらりと髪が流れるかすかな音がして、ふわりと流れてきた女のにおいは、――かすかにある風向きが変わったからだろうか。
おそらく髪をかきやった女が、そして唇を尖らせた。

「ディプロ――私が今までいたところじゃ、一人ひとりに個室があるのが当たり前だったのよ。よっぽど大げさにものをひっくり返したりしない限り、廊下にも他の部屋にも音は聞こえないのが普通だったし。寝て起きただけで身体が痛いのも、少し気を抜けば虫に刺されるのも、そもそもまともなベッドがない場所で休むのも……いいえ、舗装されていない道を延々歩くことだって襲ってくるモンスターと戦うことも。
――仕方ないじゃない、慣れていないわけだし」
いいわけのようなに声はすねた響きがずいぶん含まれていて、子供っぽいいいわけに自然頬がゆるむ。声をひそめて笑ったなら、けれど十分それが聞こえていたらしい、きっと目を吊り上げた顔が彼に向いた。
「人のこと言えないでしょう! 三日に一回は夜中起きてはふらふらうろついて、そんなに他人がきらいなの!?」
「……寝首の掻き合いが日常だったからな」
「ずいぶん荒んだ毎日じゃない」
「人を怒らせるのが得意だ」
「威張るようなことじゃないわ」
馬鹿らしい会話はトゲのある会話は、それなのになんだかおもしろい、心穏やかにさせるような種類のもので。

◇◆◇◆◇◆

言葉が途切れたから、アルベルも自分の得物を引き抜いた。抜身の刃は夜目にも彼の姿を写し出して、
……ああ、それは確かに。すべては慣れ、なのだろう。
手にした直後にはあれほど鮮やかにすべてを反射していた刃は、斬り伏せてきた敵の数の分曇ってきている。けれどこまめに丁寧に手入れされ続けて、その経験の分だけ。新品の刃は持たない深みがすでに宿りはじめている。
そういうのをおそらく女は「慣れ」といっていて、確かにたかがカタナだけではない、彼を含めてすべてのものごとは経験のあるとないとではまったく違うのだろう。

「……慣れたならこんな夜に得物の手入れをすることもなくなる、か」
「きっと慣れたなら、誰かの気配にいちいち目を醒まさなくてもすむようになるわ」
「そうなりゃきっと、寝不足の青い顔でふらふらまわりうろつかれなくてすむな」
「ええ、寝不足から来る不機嫌でメンバーに当り散らさなくてもすむわよね」

◇◆◇◆◇◆

ゆらりと視線をめぐらせたなら、そこにあったのは。
からかうような、いっそそれは挑戦的な。たぶん出逢ったころの彼ならきっと瞬時に怒りを爆発させた種類の、そんな笑みで。
けれどあのころとまるでまっすぐな目が、そこに宿る強い光が今の彼には何よりも美しく見えて。

かきり、音を立てて刃を鞘に戻した。
――これの手入れは明日でいいだろう。
その時降るように押し寄せてきた眠気にひとつあくびをして、もごもごと彼の思考がつぶやく。ふわりと、同じタイミングで同じくあくびをした女も、頭をひとつ振ると体重のないような動きでふらりと立ち上がった。
「……寝るわ」
「好きにしろ」
短いやり取りのあと、似ているようなまるで違うような女の、遠くなる細い背を何となく見送る。

――すべては慣れ、なのだろう。確かに。
――では、いつか。
――いつか、この慣れてしまった一行と離れたあとにも。
――果たしてそれになれることはできるのだろうか。
――鮮やかな印象のあの女と今離れてしまったなら。
――それには果たして、慣れることが……?

泡のような思考を、けれどアルベルは鼻で笑い飛ばした。
……いつか、の話なんてどうでもいい。
たぶんそんな思考を最後に、押し寄せる眠気に逆らうことをやめにしようと、彼もまた立ち上がる。

―― End ――
2006/12/18UP
アルベル×マリア
OFP
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Immunisierung 1 2
[最終修正 - 2024/06/21-11:03]