飾り気のない墓と、白く磨き上げられた墓。
――片方は、分かる。飾り気がない方の墓の主は、そこに眠るひともアルベルの態度の理由も、そちらの墓は分かるけれど。
――では、もう片方は……?

―― Erst jetzt nun erst 2

分かっているけれど分からない疑問に、ネルはゆっくりと瞬きをくり返して。
「……狐花なんて供えるもんじゃないよ……毒草なんだ、手、かぶれるよ」
呆然と、まったく関係ないことを言う自分は、頭がおかしくなってしまったのだろうか。
それが彼なりの祈り方なのか、花を供えたあと目を伏せるでもなくただじっと墓石をにらんでいた男は。ネルの掠れたつぶやきに数拍置いてから顔を向けて、声には出さずにただ口の動きだけで「阿呆」といつもの悪態を吐いて、
「どうせ左腕だ。鉄爪にかぶれも何もあるか」
「でも……さ。確かにこの花はきれいだけど、でもさ、」
「――どのみちこっちの墓はカラなんだ。気休めに何やろうが同じだろうが」
「ぇ……?」
いつもなら顎で指すだろう、ただこればかりは右手で指差した先。
無表情な墓標。
――刻まれた文字はクラオ・ノックスと、読める。
「ドラゴンの火にやられたんだ。完璧チリとスミと灰になった大部分は風に流れて、ここに埋まっているのは無様な俺がみっともなく掴んでいた、この手に掴んでいた一握りの灰だけだ。
……カラも同然だろうが」
哀しい想い出を、凄惨な想い出をきっと暴きたくない彼の過去を。ただ淡々と告げたアルベルは、皮肉そうに口の端を持ち上げてみせる。――歪んだ笑みというよりも、それはまるで泣いているようで。
ネルは呆然から這い上がれない。
「阿呆な俺の身代わりになった阿呆だ。……毒草くらいがちょうどいい」
「あんたは!!」
血を吐くように皮肉を、自分を傷付けるだけの言葉を吐く男に声を荒げて。そんなネルにぞっとするような色のない目を向けた男が、ふい、ともう一つの墓の方に目を移した。

◇◆◇◆◇◆

「……てめえが用があるのは、こっちだろ。同郷のよしみで、なんだったらここ掘って全部持って帰るか?」
激昂が逸らされて、呼気と吸気が喉の奥でぶつかって、息が吸えなくて酸素が足りなくて苦しい。苦しさに涙のにじんだ目を男と同じようにその墓に向けて、ネルは何度も瞬いて、
「なんの話だい」
「なんだ、爺に聞いてきたんじゃねえのか? 確かこっちのはシーハーツのやつのだ。死体さえボロクソにされかねねえとかなんとか、爺が自分の手でここに埋めた」
――それがシーハーツの誰なのか、この男は本当に知らないのか、知っていてあえて名前をあげないのか。ぽつぽつとした情報がネルの頭の中で希望と願望に水増しされてこね上げられて、この白い墓の主はもう彼女にはその人にしか思えなくて、
「シーハーツの……誰だい?」
何年前の話なのか分からないけれど、アルベルの記憶にあるということは、当時きっとすでにそれなりに歳を経ていたウォルターが。それでも手ずから領地内に埋めて、こんなに立派な墓まで作ってくれた。花を抱えることさえひたすら似合わないアルベルが、たとえ自分の父の墓参のついでだったとしても、それなりに敬意を払っている。アーリグリフにあれば死者でさえその身を損なわれるほど憎まれていて、けれどここの領主はどうやら好意を抱いていて。そして、シーハーツの民。
――ネルにはもう、その人にしか思えなくて。
「知らねえ」
「……そう」
「だが、この男と爺が闘っているところを見た。鳥肌が立った。爺とも親父とも俺とも違う、だが、強かった。……闘っているやつが闘い方が、美しいなんて思ったのはアレで最初で最後、」
「――なんだい、変なところで言葉切って」
「なんでもねえよ」
ふい、と顔を背けたアルベルの顔がなんだか気まずい。珍しく手放しで人を誉めて、たぶん照れたのだと思う。
ネルはそれを嬉しいと思った。
――確信を決定付けたわけではないけれど、この男が人を誉めたのを目にしてそれで十分だと思った。

◇◆◇◆◇◆

「――誰だか分からない人を、たとえ同郷の人間だとしても墓荒らしまでして連れて帰りたいとは思わないね」
「そうか」
「幽霊花も、そうだね、こうして供えられているのを見れば風流かもしれないしね」
「? そうか」
さっきとは違う花の呼び方に、きっと何かひっかかりを覚えたのだろう。けれどその正体が掴めなかったのかあっという間に興味をなくしたらしい男を放り出して。
ネルは陛下に対するように、目上の者に尊敬の意を示す、胸に手を当てるいつもの仕草をする。短く哀悼の意をささげて。同じようにもう一つの墓にも感謝と決意を伝える。
そうして、その時不意にアルベルの手が伸びて驚けば、やけに優しい手つきが頬をなでて。
――どうやら、知らず涙が浮いていたらしい。
「今日は……大盤振る舞いかい?」
「なんの話だ」
――憮然と吐き捨てるアルベルは、まるですねているようだ。
微笑んで、微笑んだつもりなのに彼の指でさらわれた涙の粒はまた生まれて頬を零れ落ちていく。困ったように驚いたように瞬くアルベルに静かに首を振れば、あんたのせいで泣いてるわけじゃないよと首を振れば。
なぜだろう、次の瞬間ネルはアルベルに抱き寄せられていて。

心が、記憶が、淋しさが、哀しみが、愛しさが。
――そんな涙が、珠を結んだ。
今になってやっと、何年も何年もかけてやっと。
――……ようやく心が、落ち着く場所を見つける。

ネルはただ、黙って目を閉じた。
熱い涙が頬を零れ落ちている。

―― End ――
2005/09/07UP
アルベル×ネル
OFP
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Erst jetzt nun erst 1 2
[最終修正 - 2024/06/21-11:17]