――この男は。
一体いきなり何を言い出すのだろう。

―― Tappen 1

和平会談の決定どおり、アルベルがパーティに入った。というかアーリグリフの地下牢にまでわざわざ迎えにいって無理やり入れた。
ネルにはかなり不満だった。口には出さなかったけれど、態度には出ていたかもしれない。
ともあれそのまままっすぐウルザ溶岩洞に向かうと思いきや、その前に歓迎会をしようぜと金髪筋肉男が言い出した。男などまるで歓迎したくないくせに、酒を呑む口実がほしいらしい。ああ、それもいいかもねと青髪の腹黒青年まで即座にさわやかに同意した。きっと酔いつぶして醜態をさらさせて、さっそく弱みを握ろうという魂胆だろう。青髪の女参謀はどうでもいいじゃないそんなこと、と肩をすくめてはいたけれど、結局賛成も反対も明確な意思は口にしなかった……つまりは本当にどちらでもいいらしい。
というか、地下牢につながれていたアレは弱みにはならないのだろうか。
口実もとい被害者もとい「歓迎される」アルベルに、もともと発言権はない。
そうなると。激しく主張する男二人に、厳しく反対していたネルは数の暴力で押し切られた。普段はどうあれ、ことこういうことに関してはなぜこいつらはこうも息ぴったり結託するのか。
なんだか哲学的な悩みに頭が痛くなってくる。

◇◆◇◆◇◆

そして。
ネルはアルベルを担いで夜の宿屋を歩いていた。訂正、引きずっていた。というか、一応意識のあるアルベルに肩を貸していた、ということになっている。
意識はうっすらあっても、アルベルはぐでんぐでんに酔っ払っていた。
当然だ。某腹黒に乗せられて金髪筋肉男と呑み勝負をはじめるなど、馬鹿以外の何者でもない。ごっつい見た目どおり胃袋やら肝臓やらまでいらんくらいごっつい大男。相手が底なしだということに途中で気付いて自分のペースを取り戻せばいいものを、意地かプライドか最後まで気付かなかったのか、限界を超えるまで呑み続けて。
――やっぱり馬鹿だ。
パーティの財布の中身が今は一番怖い。残るだろうか、足りるだろうか。
情けない恐怖に深い深いため息を吐いて、ネルは歩を進める。
――馬鹿といえば自分も馬鹿だ。
もう一度、先ほどのものよりも深く息を吐いてみる。そんなネルの肩口で、酔いが肺に回って真面目に働いてくれないのか、アルベルも苦しそうに息を吐いていた。

◇◆◇◆◇◆

さっぱりなくなる記憶のせいで自覚はいまいち薄いものの、ネルは酒癖が悪いらしく。かつて仲間になって間もなく、面白がって呑ませてきた男二人は。次の日土下座して謝ってきた。
一体何があったものやらなんだか全体的に薄汚れていた。
そのとき何があったのか、それなりに付き合いが長くなった今でもネルは知らない。
ただあのときの、悪びれることを知らないはずの二人のあまりにきれいに手のひらを返したような態度と、何かの商品の見本が比べものにならないくらい素晴らしくきれいさっぱり消えうせた記憶がさすがに気持ち悪いので、酒を呑めばいつもそうなので。目が醒めたときのさっぱりさわやかな快感は否定しないものの、やっぱり気持ち悪いので。
言われなくても最近は呑まない。言われても呑まない。
そんなわけで今晩も、どんちゃん騒ぎする仲間たちの脇でネルはノンアルコールのジュースやらお茶やら肴やらをおとなしく飲み食いしていた。名目は歓迎会で実際にそれがはじまっても、もちろんネルにはアルベルを、ほんの数日前までの敵国の将を歓迎する気持ちはかけらも起きなかった。それは、こうして主役が酔いつぶされた今もまるきり変わらない。
それでも、酔いつぶれたからと床に転がしておくのは気が引けた。
何しろこの馬鹿と一緒にいるところを不特定多数の客に見られているので、あれだけ大騒ぎをすればいっそ何事かと見物人まで集めていたので。こいつが翌朝までどんな赤っ恥をかこうがまったく知ったこっちゃないけれど、そのとばっちりが自分に及んだらもういっそ首をくくりたい。
だからそういう理由で親切心を最大発揮したネルは、ぐでんぐでんのアルベルをかついで廊下を歩いていた。
ここは宿屋の一階で、食堂兼酒場がこの階にあって、上の階はすべて宿泊用の部屋になっている。ここで呑み会をはじめるからには当然ながら宿はとっているので、あとは部屋の入口までコレを引きずって行って中に蹴りこめばおしまいだ。
がんばればその分早くすむ、大変だからとぼんやりしていたらその分長引く。嫌なことはとっとと終わらせて、自分の部屋に入ってきれいに湯浴みしてベッドにもぐりこみたい。
ネルはさらに息を吐く。
――なんだか、疲れた。

◇◆◇◆◇◆

ぐらんぐらん揺れる視界に、アルベルは眉を寄せた。なんだか、世界がひどく危うい。いっそ普通に地震でも起きているのだろうか、しかしそれにしては揺れがいっこうに収まらない。
右脇あたり、やけに近い距離に人の気配があるので見下ろせば、暗い中に血のような色の髪まで揺れていた。気配があって動いているということは、つまり生きているということだろう。たぶん人間だ。亜人種だったら毛やら羽毛やらがわさわさしていそうなので、たぶん人間だ。
血は赤い、つまりは赤毛。身長はともかく体格は細く、肉の薄さとやわらかさから、女だと見当を付ける。
赤毛の人間の女。
……誰だっただろう。
しかしなぜこんな推理をしなければと思って、どうやらよく目が見えていないらしいと気付く。その理由を、酔っ払いアルベルは明かりが足りないせいだろうと思った。
普段は夜目がきくけれど、たまにはこんなこともあるかもしれない。風邪をひく人間は軟弱だと心底思っている彼なので、つまり軟弱ではない彼は風邪を引かない。引かない風邪はだから無視して、まあ何かの理由で少しばかり体調がおかしいのだろうと思った。
世界はまだまだ元気に揺れている。
その揺れる世界を、彼は歩いているらしかった。さすがだ。赤毛の人間の女がそんな彼を支えている――いや、彼はこの女に支えられてやっている。
そんな風にたどっていって、一体何がきっかけだったのか、そこで彼はこの女が隠密だということをころっと思い出した。激しい揺れの中歩いているアルベルはさすがだけれど、そういえばこの女もすごいかもしれない。けれど思い出して隠密と気付けば、それが普通のような気もする。
というか、隠密というものがどういったイキモノなのかアルベルはよく知らなかった。
……なんだか記憶が曖昧だ。
とりあえず分かったのは、自分が少し、ほんの少しだけ体調を崩しているらしいことと、そんな彼をこの赤毛の人間の女が支えてどこかに向かって歩いているということ。世界は飽きもせず揺れていること、その三つだけだった。
なんだか息が苦しかった。
……変に、疲れていた。

◇◆◇◆◇◆

ネルは立ち止まると大きく息を吸って、吐いた。彼女に支えられているアルベルも、ひねくれ者で有名な彼にしては珍しく、彼女に従って素直に立ち止まった。
自力で歩くことができないせいかもしれない。
そのついでに体勢上、ネルには不本意なものの距離が近いために、何かもごもご言っているのが聞こえたような気がする。
無視した。
ただ、そのままの状態でいることがなぜか許せなくて、本当はもう少し続けるつもりだった小休止をおしまいにすることにして新しい一歩を踏み出す。

ほんの少しとはいえ休んだのには理由があった。今、彼女の目の前には難関がある。
階段。
――今の彼女には、けっこうな試練だ。
ともあれ、気を取り直して右足を乗せた。これで踏み外しても、まあ多分男の身体がクッションになる。多少は痛いかもしれないけれど、男の方がきっともっと痛い。
今から落ちたときのことを考えても仕方がないと、ネルは改めて息を吸う。
「階段だよ、あんたも少し真面目に歩きな」
「……るせ」
地獄から響くような声がして、少し驚いた。声に、ではなくてそのタイミングに驚いた。
意識があるとはいえだいぶ酩酊中のはずなのに、けっこう返事が素早い。――まあ、そうなると少しは楽かもしれない。まともに運ぶには、ネルにはこの身体は重すぎる。
むしろ、完全に気を失っていたなら多分この身体を抱え上げることなどまるでできずに諦めていると思う。
ネルはもう一度気を取り直した。階段を上れば三部屋目がアルベルの部屋だ。ゴールはもうすぐ、最後のこの難関さえ乗り切れば。
「ったく、何であたしがこんなことを……」
――単なるお節介だ。
分かっていたけれど、ぼやいてみる。アルベルは何も言わない。
「勝てない勝負する方が馬鹿だって思うけどね。負けたくなけりゃ闘わなきゃいいのさ」
「……俺は負けてねえ」
「少なくとも勝ってないじゃないか」
ぐでんぐでんのアルベルは、今もぐでんぐでんのようだった。多分記憶も意識も曖昧なのだろうと思いながら、ネルは一歩一歩階段を上る。背中から脇にかけて担ぎ上げた男の身体は、少し気を抜けばどんどん崩れていく。揺すって持ち上げようとすると、かすかに意識がある男はおとなしく従う。
――一体あたしは何をしているんだろう。
こんな酔っ払った状態なら、さすがの「歪みのアルベル」さえ百回だって殺せるのに。

―― Next ――
2005/09/27UP
アルベル×ネル
OFP
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Tappen 1 2
[最終修正 - 2024/06/21-11:17]