すべてが護れたらいい、
――そんな馬鹿な夢を見た。

―― Extremismus 1

どっ、
重い手ごたえと鈍い音、身体を持っていかれそうな衝撃。浮きそうになる腰をさらに落としたところで、ばらら、身体にかかるのは生温かい粘ついた感触。衝撃はそのころには過ぎ去っていて、極寒の地にあれば身体に降りかかったものが急激に体温を奪っていく。
「……あんたね……!」
向こうの方から、眉を吊り上げた鮮やかな赤毛の女が。不満というよりは泣きそうな顔で、こちらに駆け寄ってくるのが見えた。

◇◆◇◆◇◆

アーリグリフはトラオム山岳地帯。年中吹雪の止まない、すべてを凍りつかせるだけの白い世界。
アーリグリフとカルサアとをつなぐこの唯一の道からは少し外れた、けれど確実にこの地域に、一般兵では太刀打ちできないモンスターが出没すると報告を受けたのは、遠くシランドでだった。行方知れずになった漆黒団長をつかまえるために、どうやら大陸中の主要な町すべてに手配が届いていたらしいと知ったのは、通りがかりのアリアスで。
ともあれクリムゾン・ヘイトを手にするために先日アーリグリフに訪れたときにはいなかったはずのモンスターは、いまだ衰えない卑汚の風の影響かもしれず、そうではないのかもしれなかった。
確実なのはただでさえ厳しい山越えがそのモンスターのせいでさらに危険なものになるという事実で、どんな策を使っても良いから早急になんとか討伐しろという王直筆の命令書の存在だけで。

いまさら一般兵程度、それがかなわないからといって相手の強さの目安にはならない。ずいぶん腕を上げたはずの自分が、けれどまだまだかなわない相手なのかもしれない。
それでもただ一人、トラオム山岳地帯に向かおうとしたのはアルベルで、それに半ば無理やりくっついてきたのはネルで。実際、彼女がいなければ死んでいたかもしれない。棲み付いたモンスターはそんなレベルのなかなかの強敵で。

◇◆◇◆◇◆

もはやぴくりとも動かない、少し前までモンスターだった――肉塊。上下する肩を無理やりなんでもないように、とりあえずそれを見下ろしながらアルベルは抜き身の刀を片手にしばらくその場に突っ立っていた。
戦いの高揚の残滓、ではなく。
本当はまだ今の自分程度ではかなわなかったこのモンスターを、けれどこうして屠った、それを可能とした理由に。嫌でも思い知らされたそれに、半ば愕然としていた。
「アルベル……、怪我、は……?」
いまだにかたくななに名前を呼ぼうとしないネルが、珍しくそんな声をかけてくる。ゆらりとその声の主に顔を向けて、はっと息を呑まれたのはそんなにひどい顔色をしていたからだろうか。
かまわずに彼は手をのばした。ぼとり、こぼれ落ちたカタナにかまう余裕がないまま、激しく瞬くネルのほほに触れる。唱え慣れたまじないの言葉で淡い光が浮かんで、すぐにそれは掻き消えて、
驚きのあらわな女の目の色が、ただ脳裏に焼き着いた。
そして、ふうっと彼の意識は遠くなる。

◇◆◇◆◇◆

あのとき、実際に見てしまえば仲間たちが必要だと、倒すことはあきらめて。今回は様子見だけで帰ろうとして、けれどモンスターに彼らの存在がばれてしまい無理やり戦闘になったあのとき。
振り上げられた凶悪な一撃は、確かにネルを狙っていた。
当たればそれだけで昏倒する、運が悪ければそれだけで死ぬかもしれない、それだけの威力の割に恐ろしく早い振り上げに。間近な脅威に彼女の背がすくんで、モンスターの腕と動きと、彼女の細い背と。それを目にしたアルベルの脳が沸騰した。
それからの数秒は、彼の頭から消し飛んでいる。
――ただ、結果として彼は。ほぼひとりで、かなわないはずのモンスターをこうして肉塊に変えていて。

◇◆◇◆◇◆

ぺちぺち、頬をやわらかく張られる感覚に、そしてアルベルは緩慢に目を開けた。ぼやけた色が、瞬きに合わせてゆっくりクリアになっていく。珍しく素直な心配顔のネルの顔が少しずつ鮮明になっていく。
「……ネル……」
つぶやきは、まるで生まれてはじめて口にした言葉のようにひどく儚い頼りないもので。蚊の鳴くような彼の声に、けれどそれが聞こえたのか。心配顔が安堵に変わって、すぐさま今度は怒りの色に変わっていって。
――ああ、きれいだ。
ぎゃんぎゃん吠えられて文句を言われているのに、それはまるで意味のある言葉で彼の頭に響いてこない。血が足りないのかいまだ働きの鈍いアルベルの頭は、ただ間近い女にありえないほど素直な感想を抱く。

―― Next ――
2006/12/19UP
アルベル×ネル
OFP
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Extremismus 1 2
[最終修正 - 2024/06/21-11:19]