夢を、見た。

―― Traumen Prinzessin 1

「……マリア?」
「何?」
本日の野営地、サンマイト平原。
見晴らしのいい野原で、まるで降るような星空に細い背中を浮かび上がらせていたマリアが、まるで幻のように優雅になめらかに彼を仰いだ。
フェイトは静かに、座り込んでいる彼女の脇に同じように腰を下ろす。
「ひょっとして起こしちゃったのかしら」
「ん? そうじゃないよ。
ただ、目を醒ましたら見張りでもないのに一人足りなくて、少し気になっただけだから」
フェイトは背後を振り返る。
普通に話している分には声が届かない、大声を上げたなら十分に聞こえる。……そんな微妙な距離の向こうに仲間たちの姿。
自分もつい先ほどまでそこにいた。
――ひとりで考えごとをするのに、それだけの距離をとろうというのがマリアらしいと思う。彼女は、いつだって抜け目ない。

見張りのクリフがちらりとこちらを見て、そしてわざとらしく背を向けたのに苦笑する。
「考えごとの邪魔なら、おとなしくいなくなるけど」
「別に、かまわないわ」
「そう?」
ひょい、フェイトは肩をすくめる。

◇◆◇◆◇◆

プロテクタその他の装備を外しているためなのか。ホルスターに収まっていない銃を脇に置き、多分意味もなくそれをいじるマリアの細い指。片膝を立てて座り込んだフェイトの目にぼんやりとそれが映り、ふと彼は違和感にかすかに首をかしげた。
「……マリア?」
「何?」
ささやくようなフェイトの声に、視線を星空に――以前ここで同じように見上げたときのそれよりも格段に数を減らした星空に視線を向けたまま、マリアもまたささやくような声を返す。
フェイトはじっと、彼女の細い指に華奢なつくりの手に視線を注ぐ。
「――何か、あったのか……?」
「別に。
――ここしばらくずっと一緒に行動してるでしょう。キミの知らない出来事が、私に起きたはずなんて、ないじゃない」
きっぱりと言い切る声。目を向ければ、いつも通りの凛としたまっすぐなまなざし。
言い切る彼女に、彼は困ったように目を細めて、
「……そうかな」
「そうよ」
「――……じゃあ、」
ぴくん、マリアの身体が跳ねて、あわてたようにフェイトに顔を向けた。やっと顔を向けてくれたマリアに困ったように笑いながら、フェイトは彼女の手を包んだままそれを持ち上げてみせる。
彼女の手を、彼女に見えるようにいっそうやうやしく持ち上げてみせる。
そしてそのまままるで何気なく、
「なんで、手が震えてるんだろう?」
彼には答えの分かっている問いを、投げかけてみる。

◇◆◇◆◇◆

「っ、……、ぁ」
言葉ではなくて、多分手を握られていることに。フェイトがはじめて見るうろたえるマリアが、星明かりに顔を赤く染めた。
フェイトは困ったような笑顔のまま、マリアの手を包んだまま、
「この前、さ。クリフがぼやいてたんだ」
ぽつり、ささやく。

――あいつは、なんでもかんでも背負い込もうとする。
――愚痴一つこぼさせるにもよっぽどこっちから突っ込んでいかないとだめなんだ。それだって、一歩間違えたら余計かたくなに自分の殻に閉じこもっちまう。
――まったく、誰に似たんだろうな?
――そんな生き方疲れるだけなのに、自分を傷付けるだけなのに。
――何であいつは、普段変なとこに気付いちまうくらい頭良いくせに。それなのにたったそれだけを、分からないんだろう。分かろうとしないんだろうな。
――なあ?

フェイトの脳裏に浮かぶ、あのときのクリフの、どこか哀しいような淋しいような痛いような笑顔。
フェイトは音もなく息を吐く。マリアは鋭く息を吸い込んだまま動かない。
「そう言って苦笑してた。……あいつって、マリアのことだよ」
「……ぅ、」
そして、答えがないのでまごつく手を指を絡めるように握り直した。
力加減を間違えれば、本当に文字通り簡単に折れてしまいそうな華奢な手。なめらかですべやかな、ふんわりとした感触。
自分と同じ生き物とは到底思えない、「女の子」の手。
そのいかにも脆い手に内心驚愕しながら、フェイトはマリアをまっすぐ見つめた。まっすぐ、どこまでも深い翠を、今は――いまだ硬直から抜け出せないらしい、大きく見開かれた翠を。
見つめながら、真摯に、
「マリア。……本当に、言えないことならもう聞かないけど。何か解決策が助言できるとか、そんな自信僕にはないけど。
けど、ため込んでないでなんでもいいから話してみろよ。ただ口にするだけで、ぼやきでも愚痴でもなんでも吐き出すだけで、ずいぶん楽になるから。僕でいいならいくらでも聞くから。
――一人で肩肘張ってないで、たまには頼ってくれよ」
どこまでも真摯に、ささやいた。

◇◆◇◆◇◆

ややあって。
動きを止めていたマリアが、どこかおずおずとフェイトの手を握り返してきた。どこか拗ねたような幼い目が、ふいっと違うところをにらんでいる。
「前から思ってたんだけど。キミってけっこう――強引で、頑固よね」
「そうかな?」
「そうよ」
「……でも、頑固なのはマリアも同じだろ?」
「……っ」
――今日は、はじめて見るマリアがいっぱいだ。
悔しそうににらんでくるのに小さく笑うと、またぱっとよそを向いてしまった。
それでも、振りほどけるはずの手を振り解こうとしないあたり、少なくとも本心から嫌がっているわけではないと思う。思うから、ちょっとマリアの戸惑いに甘えてみる。
フェイトは持ち上げていた腕をそのまま下ろしてみた。
手を握り合ったまま、草に浮いた水滴が彼の手にマリアの手に散った。
ぴくん、やわらかな手が少し震えたのは。夜露のせいだと思う。

◇◆◇◆◇◆

「……で?」
「誰にもどうしようもないことでも?」
「だから、愚痴でいいから聞きたいんだよ」
「呆れたりしたら怒るわよ」
「僕が聞きたがってるんだ。そんなことあるはずないだろ」
「笑ったりしたら、承知しないんだから」
「うん、真面目に聞く」
――気の強い台詞はどこまでも彼女らしい。
――目を合わせないで、どこか恥ずかしそうにすねたように唇を尖らせている姿は、まるで幼い別人のようだ。
そんなことを思いながらフェイトがじっと彼女を見ていると。
一つ息を吐いて、マリアが口を開く。

―― Next ――
2004/04/22執筆 2005/07/12UP
フェイト×マリア
OFP
中国語・無断転載禁止 ハングル・無断転載禁止
Traumen Prinzessin 1 2
[最終修正 - 2024/06/25-09:59]