私がここにいる意味は。

―― Daseinsberechtigung 1

「マリア、おい、マリア……!」
押し殺した、けれど珍しく切羽詰まったような、余裕のない声が聞こえた。気持ちよく眠りに落ちていたマリアはきゅっと眉を寄せて、けれどぐずぐずと起きないマリアにクリフの声は何度も何度も、
「……なに……まだ、よる……」
かすれた声でもごもごつぶやいてみる。頑固に閉じた目は周囲を見ていないけれど、この空気は「夜」だ。起床時間まで、起きると自己暗示した時間までまだ間がある。ディプロのブリッジ直結の通信機も静かだし、静かといえば周囲の空気も静かこの上ないから、つまり急な敵襲があったわけでもなさそうだし。
――むしろそんなものがあったなら、真っ先に飛び起きて大暴れする性格の養父が、悠長に彼女を起こしているわけがない。
眠りが浅い割に寝起きの悪いマリアがそう結論付けて再び眠りに落ちようとしたところで、
「このまま朝が来て、無事出発できるならかまわねえけどよ。そんなわけにいかねえんだ。起きろよマリア!」
……なにやら聞き捨てならない言葉を聞いた。
「……なによ?」
巡りの悪い血をおして、意思と意地だけで。しょぼしょぼした目は何も映していない、けれどマリアはむっくりと身を起こす。

◇◆◇◆◇◆

「……?」
――何か、違和感があった。
「よーやく起きたか……て、ここでぱったりやるなよ」
「……??」
ぼやきというか皮肉というか、そんなクリフの声に返事をしないで、マリアは不機嫌そうに再び眉を寄せる。相変わらず頭も身体も半分以上寝ていたけれど、なぜか今すぐに覚醒するべきだと頭の芯が鋭く告げていた。
起き上がった体育座りのまま、とりあえず、目元をこすってあくびをひとつ。
「…………?」
――何か、が変だ。

今日は野宿で、野を渡った風が――多分夜明け前なのだろう、冷え込む気温でかなり肌寒い。やけに布が身体に絡み付いていて、なんだかとても動きづらい――というか、真っ先に見えたこれは多分いつもの毛布のはずなのに、布地の網目が変にざっくりと粗い。分厚い、大きい。……大き、すぎる。
「……ぇ?」
マリアはもう一度目元をこすってみた。こわごわ、自分の身体を見下ろす。
アラームがわりのクォッドスキャナは枕元に置いた。ピアス型の通信機はつけたままだった。野宿とくれば、いつ敵襲があるか分からない。ごろごろして寝付きにくいけれど、軽鎧を着けて――腰の後ろのホルスターに銃をさしたままでは寝にくいので、それはホルスターごと外して、銃だけセーフティをかけた状態で手にして――寝たはずだ。
覚醒した頭なら、マリアは自分の記憶力に自信がある。今の頭の稼働率は、もうそれなりに高い。
そう、確か。確かにそんな状態だった。……そのはずなのに、

ごわごわした毛布に包まれている以外、身に着けていた一切がない。ただし、見覚えのある布地が足先あたりにびろーんとくしゃくしゃになっている。ゆっくり顔を動かしてみれば、硬質の金属のカタマリ。角度からすると彼女の銃の銃身部分だろう。
手を目の前に出してみて、握ったり開いたり――大丈夫、身体の作りそのものは「マリア」のものだ。思ったように動くことができる、問題ない。
ただ、
「……何よ、これ……?」
呆然とした呟きが聞こえる。視界の養父がなんだかとても近い養父が、困った顔をしている。

ただし、――マリアは小さくなっていた。

この「小さい」、は「幼い」ではなくて、
……文字通り、スモールダウンしていた。
ミニチュアサイズのマリアには、クリフが大きく――「近く」見えている。

◇◆◇◆◇◆

どうしてこんなことになったのか、マリアは首をひねっていた。無駄に騒いでどうにもなると思えなかったから、騒いではいない。仲間たちは相変わらず平和に寝こけていて、一人気付いてしまった養父だけが落ち着きなく貧乏ゆすりをしている。
――放っておいたら檻の中のクマよろしくうろつきまわるので、座っていろと命令したので、そうしている。
マリアはそんなクリフの肩に乗っかっていて、揺れが大きくなるたびにずり落ちかけて、文句を言っていた。
身体の大きさの関係上、そうでもしないと会話が成立しない。
……ちなみにサイズの合わない服はどうしようもないので、現在マリアは救急セットの中の包帯を身体中に巻きつけている。こういう場合はハンカチくらい差し出すべきじゃないかしら、と言ってみたら、オレがんなもん持っているように見えるか、と真顔の養父が言って思わず納得してしまった。ので、次善の策を実行に移した。

ひょう、吹いた風に髪が舞い上がって、ばさばさと乱れるそれを両手で押さえたマリアがため息を吐く。
「駄目、……特に思い当たらないわ」
「フェイトのいたずらとかは?」
「考えたけど、服用薬として、私にそれを盛るチャンスが思い付かなかったのよ。昨日はずっとネルが食事管理していて、隠密の彼女が自分の知らないものを料理に入れるスキを作るとも思えないわ。フェイトがそんなネルの裏をかく可能性も。たとえばソフィアづたいでそれをやろうにも、……無理があるわね。あの娘の性格的に、私に気付かれないように、っていうのが」
「ほう」
「外用薬ならなおさらよ。ここ三日間、私の覚えている限りフェイトは私に触れていないし。効果範囲が広いばらまくだけの薬なら、私にだけ影響が出た理由は?」
ひょい、肩をすくめて、
「それこそクリフとかネルとかも一応疑ってみたけど、ありえないわね。メリットがないもの。それ以外のパターンもいくつか考えたけど――敵の特殊攻撃とか、でも、私にだけ影響が出ている、から考えるとやっぱり全部つぶれたわ」
「お前に考えつかねえってなると、確かに、なあ……」
「ありがとう」
誉め言葉と受け取って、マリアは脚を組みかえる。
理屈はともあれまるであわてていない自分が、彼女自身にもなんだか不自然な気がする。

「――クリフの方で気が付いたことは?」
「ねえな。……何となく目が醒めて、適当にぐるっと周囲を見たら、お前の姿が見えなくて。何だと思ってくしゃくしゃになった毛布のあたりまで来たら、このサイズのお前が普通に寝てた」
ぽりぽりと顎のあたりを掻いて、
「別にまわりに変な気配感じたとか、においがどうとか何が見えたとか、もねえな。これだけ見晴らしが良けりゃ、気付かねえはずねえ」
「そうね……」
ひょい、息を吐いたマリアを見下ろして二秒ほど。なぜかうんうんとうなずきながら、
「……大体、十分の一ってとこか?」
「知らないわよそんなこと」
「お前が小せえころ、誕生日とかに買ってやろうか悩んだ人形があったよなあ」
「一緒にしないでちょうだい。それに、別にいらないわそういうの」
半眼になったマリアが、至近距離の巨大な顔に、身体のばね全部を使ったドロップキックをお見舞いした。いて、とおざなりに言ったクリフが、少し経って首をひねる。
「何」
またくだらないこと言うなら許さないわよ、と冷たい声。言われたクリフに浮かんだのは苦笑。
「お前が落ち着いてるからあんまり心配はしてねえんだが。このままのサイズだと、戦闘とか無理だな。旅はどうする?」

―― Next ――
2005/10/11執筆 2005/10/12UP
クリフ+マリア
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[最終修正 - 2024/06/25-10:41]