マリアはふと目を醒ました。やけに喉が渇いている。むくりと起き上がってぼんやりと重いこめかみに手を当てると、死屍累々といった感じで転がっている仲間たちが見えた。
「……」
マリアの寝起きはいい方だ。そのはずなのに、なぜか今日に限っては考えのまとまらないままに、このマグロたちの理由を思い返してみる。
――どうやらやっと働きだした頭が、かなりすんなりと答えを吐き出した。
ダムダ・ムーダだったと思う。ファクトリーに顔を出した時、作りためた酒を呑みたいとかなんとか、かなりしつこく泣き付かれたのだ。決戦が近いということでぴりぴりしていた雰囲気を和らげるためか、少し考えたフェイトがうなずいて。まあ、たまにはガス抜きも必要だろうとメンバーも了解して。
カルサアの二つのファクトリーにいたクリエイター全員に声をかけて、宿屋「アイアン・メイデン」を丸々貸し切って馬鹿騒ぎをしたのだった。全員酔いが回ったあたりで、まともに動けるうちにとクリエイターの大半はファクトリーに戻ったが。
思い出したマリアは、あらためて転がっているメンバーを見渡してふと首をかしげた。何か違和感がある。
床に丸くなって転がっているフェイト、酒瓶片手に大の字になっているクリフ、すみの方で壁にもたれてぴくりともしないアルベル、ソファで毛布に埋もれているソフィア、そのソファに顎だけ乗せてうつ伏せになっているネル。
どこから持ってきたのか樽酒を抱えているダムダ・ムーダや、そういえばマリアが下敷きにしていたゴッサム、なぜいるのかよく分からないマクウェルとアンサラーの慇懃無礼コンビはともかくとして。パーティメンバーが、どこか違う。何かが、違う。
「……?」
「おお、マリア……早いな」
顎に手を当てて考え込むマリアの、その視線でも感じたのだろうか。ぱっちりと目を醒ましたクリフが、一瞬ぼーっとした顔をしてから養女を見つけて破顔した。手放した酒瓶がごろりと転がり、声を出したせいで響いたのか、こめかみに手を当ててあつつつ、などとうめいている。
その、声に。――マリアが、ぎしりとぎこちなく反応した。
「……どうかしたか?」
「――クリフ……フェイトを、ふんじばって」
「は?」
寝起きのせいも幾分は入っているのだろうが。やたらと喉がごろごろする、低い声。
「――また、薬盛られたわ……今回は、パーティ全員」
「!?」
言われて、はじめて自分の姿を見下ろしたクリフが絶句した。ややあって再びマリアに戻った青い瞳は座りまくっている。そのまま無言で、重々しく頷いた。
アイテムクリエイション中に製作したものの、ギルドには登録していないもの、というものが存在する。それはたとえば偶然できたためにそのレシピが不明で量産できなかったり、あるいは出来上がってみたら世間に流通させるわけにはいかない劇薬だったり、あるいはいらんトラブルを起こすこと必至だったりと、何かと問題がある品に限られるのだが。
その中に。フェイトの十八番のとある薬が存在する。
大体において無味無臭、無色透明の飲用液体薬で、現在のところ効果を表す量としてはコップに四分の一ほど。服用後効果が現れるまでに四半日、効果時間は丸一日の、劇的な作用を引き起こすそれは。
――性転換の薬。
他者には理解できないのだが、フェイト曰く「だって、基本じゃないか」ということで。思考錯誤をくり返した結果、完成品第一弾の犠牲者は当時仲間になったばかりのアルベルだった。睡眠薬と言われ――確かに効果前の四半日は睡眠薬として作用するのだが――飲まされたそれは見事に効果を発揮し、普段の数倍は増した悩殺ものの色香に思わず血迷いかけた金髪筋肉男が一人。第二弾はフェイト自身が服用し、その姿で酒場やら路地裏やらの怪しいところばかり行きたがる彼(彼女?)を止めるために、メンバー全員が駆り出された。
それからしばらくは、仲間全員からの説教が効いていたのかなりを潜めていたのに。
長身とボリュームはさほど変わらないまま、やけにグラマラスな女性になったクリフが、この前見た時と同じ華奢な印象の女フェイトを適当に縛り上げた。当の本人は、起きる気配もないまま幸せそうに身じろぎしただけ。
なんか変な感じだとかなんとか、クリフがぼやきながら向かった先にはアルベル。これまたこの前と同じ無意味に妖艶な姿に、同性にもかかわらずなぜか唾を飲み込みながら、その肩に手をかけ揺すり起こしにかかった。
なんとなく言いようのない怒りがこみ上げて、不機嫌なマリアは変な格好で伸びているネルに声をかける。
「……ネル、起きて。フェイトがまた面倒やらかしてくれたわ」
少なくとも外見は男である今の自分が、女言葉を使うというのは。ハタから見たら不気味なのだろうな、とため息を吐く。というか、この格好もどうにかしなければ。
「……ん……」
かすかなうめき声、億劫そうに紫の瞳がのぞく。普段はいつ寝ているのかとマリアが勘ぐりたくなるほどに夜は遅く朝早いネルだが、どうやらアルコールには弱いらしい。
「……めんどう……?」
深みを増したハスキーな声に、尾蹄骨のあたりがぞわぞわする。大抵の女ならこの声だけでぐらりとよろめきそうだ。
ともあれ、
「パーティメンバー全員に薬を盛ったみたい、本人も含めて」
緩慢に瞬きをくり返すネルは、マリアの言葉にその目付きを一気にきつくした。
「……なんだって?」
「性転換の薬、覚えてるでしょう? アルベルとか当のフェイトとか。あれを、何を考えたんだかお酒に混ぜたんじゃないかと思うの。まあ、フェイトはふんじばったし……ああ」
クリフ、と呼びかけながら振り向いてみれば、相変わらず朝に弱く身じろぎもしないアルベルに大袈裟に肩をすくめているところで、
「そこのゴッサムもついでに縛り上げてちょうだい」
「おう」
「……うぁ」
背後でうめき声。どうやら女クリフが致命的だったらしい。……あるいはその向こうの女アルベルか。
それはそれとして。残るは幼なじみを全面的に信頼しているソフィア。
どう説明したものかと、マリアは何回目かも分からないやるせないため息を吐き出した。
「…………」
「……」
無言で見つめ合う一組の男女。やさしげな印象、思わずかまいたくなる日向の小犬のような雰囲気のソフィアと。その小犬がじゃれ付きそうな、あるいはただじっと眺めていそうな可憐な白い花にも似たフェイトと。
小犬に似た男ソフィアが、花に似た女フェイトに一歩詰め寄った。
「……フェイト……?」
雰囲気そのままの優しくまろい声に、見ている方の顔がほころぶ笑顔。だがしかし。確かに含まれたごりっとした何かに、付き合いの長いフェイトは引きつった笑いを返す。
「ど・う・し・て・こ・ん・な・こ・と・し・た・の・か・なぁ……?」
「そ、ソフィア待て待て今お前いつもより力つよ……ぐぇ」
ソフィアに力いっぱい首を締め上げられ、縛られた状態のフェイトがもがく。いつもならそれは大した力ではないし、もがくのも痛がるのもポーズでしかないのだが。今は。
しかし周囲の人間は醒めた目で見ているだけで、助けるどころか同情すらなくて。
同じく縄でぐるぐる巻きにされているゴッサムは、しかし女アルベルに刀を突き付けられて逆に妙に嬉しそうだった。どうやら女だったら何でもいいらしい。
ちなみに。マリア、ネル、ソフィアの三人は現在フェイトやらアルベルやらの替えの服を着ている。フェイト、クリフ、アルベルは、まあ女が男の服を着ていても問題ないだろうといつものままだが。某一名、やたらと胸元を気にしている者がいて。
ともあれ。
「効果時間は今まで通り丸一日でいいんだな?」
「……そ、のはず……そ、ふぃ……ロープロープ、ちょっと、ま……っ、……」
服の胸元を引っ張りながらのクリフの言葉に少しだけソフィアの指が緩んで、息絶え絶えに答えたフェイトはもうすでに死にかけていた。つぶやくと同時にかくんと気を失う。
「あ」
なによフェイト呆気ないんだから、などとつぶやくソフィアを恐ろしいものを見る目で見つめるマクウェルとアンサラー。これは他言無用だから、とネルにすごまれてかくかくとうなずいている。
